
深夜に、公園の森の中にいた。
「私もう、生きていくことできないよ」
自分の情けない声が、曇った夜空に溶けて行った。
始まりは、調子の悪い夜だった。不安で暴れる私を、母が「散歩に行こう」と言って外に連れ出したのだ。いつもなら、外の空気を吸いながら歩くことで少しは気持ちの整理がつくのに、この日はダメだった。
もう死んじゃおう。
それがうつの見せている幻だとわかっていながらも、私はそう思い立ち、母に「ちょっと一人で歩いてくる」とだけ告げた。彼女が帰って行った家を見て、「バイバイ」と呟く。
車に轢かれるのが手っ取り早いと思った。だから通りに出た。でも、深夜の道路には全然車が通っていない。それにふと気付いたのだ。ただの鉄の塊に見える車も、当然だけど運転している人がいて、私にしか非がないとしても、撥ねたら運転手さんの罪になってしまうのか、と。それは、ちょっと、申し訳ないな。そう思って、でも、じゃあ、どこで死ねばいいのだろうと考えた結果、これといった成果が得られなかったので、仕方なく私はSNSを頼ることにした。
スマホで「近くの死ねる場所」と調べたら、一番上に「いのちのダイヤル」という文字と、その電話番号が出てきた。それらしいワードを検索するたびに、毎回お目にかかるから、すっかり見慣れてしまった。私は当然のごとくそこをスクロールして、どうにか死に場所を探した。
結果的に、公園で死ぬ人が多いことがわかった。あ、公園ね。家で死んだらきっと事故物件になっちゃうと思うから、ずっとそこが引っかかっていたんだ。でも、そうか。公園。公園なら、きっと私以外にも、死んだ人がたくさんいる。
私が向かったのは、自宅近くの大きな公園だった。幼い頃から、その公園の隅から隅まで走り回って遊んでいたので、遊具も地形もすべて把握している。私は迷わず森の中に入った。大きな公園には、誰一人として人の姿はなかった。
森の入り口に、椿の花が落ちていた。深く考えず、それを拾い上げる。まだ落ちたばかりなのか、傷一つついていなかった。子供の頃から母に、「咲いている花を取ってはダメ」と言われてきたので、私はいつでもこうして地面に落ちた花を集めていた。そしてそれを、幼稚園のお迎えに来た母にプレゼントしていた。その花が何であれ、彼女はいつも喜んでくれたのを覚えている。だからだろうか。椿の花を見て思ったのだ。私の代わりに、この花をママにプレゼントしよう。そうしたら、私を失った悲しみ以上に、喜んでくれるんじゃないかなと。
椿の花を大事に抱えたまま、森の奥に進んだ。遭難防止のためなのか、年々派手に伐採される木々のせいで、私の居場所は森の外からでも見えていた。
周りを見渡して、考える。今ここで眠っても、こんな気温じゃ凍死はできない。立派な木はあるけれど、生憎紐を持って来なかったので、首吊りもできない。
どうしよう。
森の中で途方に暮れて、私は泣きながら天を仰いだ。つい数日前、七回忌を迎えた祖父に向けて、同じような言葉を繰り返した。
「おじいちゃん、迎えに来てよ。私もう、生きていくことできないよ」
だんだん泣き声に嗚咽が混じって、私は必死に命乞いをするように、死に乞いをした。
それでも祖父は、私を迎えに来てくれなかった。
「こころ?こころー?」
ふと我に返ると、母の声がした。スマホのライトで夜道を照らしながら、私の名前を呼んでいる。
「こころ。そんなとこいたの」
私のスマホには、GPSがつけられている。いつどこで動けなくなるかわからないから、大学生の私の位置情報は常に母に共有されているのだ。
あ、バレちゃった。
自分が死ねなかったことに絶望しているのか、安堵しているのかさえ、わからなかった。
仕方なく涙を拭いて、立ち上がる。かくれんぼは、私の負けだ。
死のうとしていたとは、口が裂けても言えなかった。きっと母は怒って、悲しんで、「また入院してもらうよ」と脅すように言うだろう。今までの経験から、そうわかっていた。
違うんだ。私はただ、心が壊れる前に、体を壊した方がいいかと思っただけなんだ。
私が死に場所に選んだあの斜面。葉っぱや木の実が落ちた綺麗でも何でもないあの場所に、一つだけ、椿の花を置いてきた。このまま帰ってしまえば、あそこで死のうとしていた自分がいなくなってしまう気がして。それがどうしても可哀想で。
だから、本来死ぬはずだったあそこに、椿の花を手向けた。
今でもきっと、椿の花は、あの場所にいる。
私の代わりに。

にほんブログ村