物心ついた時から、私は6人家族だった。 きょうだい喧嘩や嫉妬は成長と共に減ってきたけれど、未だ解決しない問題に、毎朝の洗面台戦争がある。 その戦争の始まりは、早朝だ。 今のところ、一番手は私。最近は休みの日でも早朝覚醒してしまうので、誰も起き…
なんだか私、握力が強いらしい。 高校生の時に体力測定で握力を測ると、試しに握っただけで「31」と表示されていた。 周りのクラスメイトたちがどよめいて、「え! 壊れてる?! 壊れてないよね?!」と確認された。 結局、壊れてなかった。私の握力が強いだ…
私は観察力が非常に高い。 幼い頃から場面緘黙症を抱えていた。だからきっと、能動的に動く代わりに、受動を極めたのだろう。 必然的なのか、偶然的なのか、私は監視カメラのように、視覚と聴覚の記憶力が優れた人間だった。 誰かが言っていたこと、着ていた…
深夜に、公園の森の中にいた。 「私もう、生きていくことできないよ」 自分の情けない声が、曇った夜空に溶けて行った。 始まりは、調子の悪い夜だった。不安で暴れる私を、母が「散歩に行こう」と言って外に連れ出したのだ。いつもなら、外の空気を吸いなが…
復学した大学で、心理学の授業をいくつか履修した。去年は必修である言語学やキリスト教学を取るので精いっぱいで、ほとんど心理学を学べなかった。でも今期は、オンライン授業やオンデマンド授業も活用して、様々な心理学を履修した。 障害者心理学、発達心…
沖縄の思い出を消化するべく、トラウマにフォーカスしたカウンセリングを始めた。沖縄戦の恐怖や、修学旅行の苦しみを病院で涙ながらに語った。 私は、本来客観視だけしていればいいものを、主観に置き換えてしまう癖があるらしい。洞察力、観察力の高さがそ…
以前、「うつ病患者の一日 急性期編」という記事を出した。 あれから数か月が経過した。今日は、回復期の一日を紹介する。 最初に断っておくが、回復期は長く、まだ明けていない。振り子のように調子のいい日と悪い日を、今でも行き来している。 私の場合、…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「最高到達点」。 19歳の私から、お便りが届いています。…
私の母は車の免許を持っている。だがしかし、彼女は運転が大の苦手だ。そのため、もうここ10年以上、彼女は一度もハンドルを握っていなかった。 そんな母が、先日十数年ぶりに運転をした。きっかけは、私のパニック障害が悪化したことだった。大学に復学した…
場面緘黙症がよくなっていく一方で、パニック障害は悪化していった。こちらがよくなったと思えば、今度はこちらが悪くなる。一進一退だ。 ダンスサークル見学の後にパニック発作を起こしてからというもの、私は電車に乗るのが怖くなった。 病院に行くため、…
綺麗だ。 私は、大学の門を入ってすぐ、チャペルの前で足を止めた。 そこには煌びやかに光を放つ大きなもみの木が立っていた。 住宅のささやかなイルミネーションを除けば、今年初めて見るイルミネーションだった。私は思わず鞄からスマホを取り出して、写真…
家族には何年もずっと、私の「口」になってもらっていた。 飲食店で注文をする時も、服屋で店員さんに話しかけられる時も、学校とのやり取りも、宅急便や電話の対応も。10年以上そうだったから、もはや私が口を開く、他人とやり取りをするなんて選択肢は、私…
10年以上抱えていた、場面緘黙症がほとんど完治した。 高校で声を出す練習を始め、そのまま時間に流され大学生になった。確実に良くなってはいるものの、逆にうつ病やパニック障害が悪化したり、後遺症のように声が出ない瞬間が訪れたり、簡単な道のりではな…
私は小学3年生から10年以上場面緘黙症を抱えて生きている。それは小学校でも中学校でも高校でも、晴れの日でも雨の日でも、嬉しくても悲しくても変わらない現実だった。 私は中学1年生の頃、初潮を迎えた。その頃はもう学校に行けていなかったので、困ること…
鯉にひげがあるなんて、知らなかったな。 近所のお寺の境内で、池の中を覗き込みながらそう思った。 毎日のように訪問者から餌をもらっているであろう鯉たちは丸々と太っていて、私の姿を見つけたからなのかこちらに寄って来る。ごめんね、私、餌は持ってな…
ドラマや映画、音楽や小説の中から得た私の知識によると、親は自分以上に子供を大切に思うものらしい。自分のすべてを捧げても構わない。ただ子供の幸せを願う。そういう生き物らしい。 私は親になったことがないので、親から子供に対する愛情を完璧に理解す…
ある日、カップラーメンを食べていて思った。 美味しい。 あ、これは言うまでもない話だが、大事なのはそこじゃなくて。 私はラーメンが大好きだ。人気店に並んで食べたこともあるし、病院の帰りにご褒美としてコンビニでラーメンを買ったこともあった。その…
「いいな」と言われたことがある。 「病気があって、入院できて、ちゃんと『許される理由』があっていいな」と。 私の苦しみを軽視されたようで、悔しかった。でもその反面、納得してしまう自分もいた。返せる言葉が見つからなかった。 そうだよな。考えてみ…
うつ病の当事者として、今の社会に思うことがある。 うつ病は、その症状を多少誤解されているのではないかと。 「俺、マジ鬱」 そういう言葉をよく聞く。 鬱=「だるい」「面倒くさい」。そんなニュアンスが広まっているからこそ、簡単にそんな言葉を口にし…
対人恐怖。赤面恐怖。スピーチ恐怖。電話恐怖。視線恐怖。会食恐怖。振戦恐怖。書痙。子供の頃から、本当にたくさんの恐怖症を抱え、一つずつ乗り越えてきた。未だ乗り越え切れていない恐怖症もある。 今思うのは、恐怖症というものは、周囲の人間の理解にか…
私は、伝え続けなければいけない。 自分の経験を。それを踏まえた、当時の感情を。 私はずっと、伝えることを諦めて来た。場面緘黙症を患ってから、自分の意思はないも同然だった。伝えられない私の周りからは、人が離れて行くばかりだった。 でも、高校で、…
私は、9年近く日記を書き続けている。 始めは、誰にも言えない感情や葛藤を吐き出す場が必要だと無意識に考え、ノートに縋った。私が偽ることなく正直に自分の気持ちを話せるのは、「紙」だけだったのだ。 あれから、数年が経った。義務でもない日記をこん…
考えることがある。 私は小学生の頃から、不登校児だった。中学校も高校も大学も、必ずどこかで行けなくなる時期がある。 私の幼馴染は、どうしてだか優秀な子ばかりで、偏差値の高い大学に進学した人もいるし、プロスポーツ選手になった人もいる。 彼らの近…
私は生まれつき一重瞼だ。二重瞼の母と、一重瞼の父から生まれた結果、私たち4人きょうだいは、見事に全員父の遺伝子を受け継いだ。 世間的に、二重瞼は美人であることの条件であるように感じる。だってテレビを観れば、出て来る女優さんは見事に全員二重瞼…
私には、コンプレックスがたくさんあった。 例えば、一重の瞼。癖毛。広い額。太い指。高い身長。その割に短い脚。ほくろの数。足の形。太い骨格。 そんなたくさんのコンプレックスの中で、私が一番嫌いだったのは、自分が書くこの文章だった。 大した読書家…
小学生の頃、お昼ごはんに、母が桜エビのチャーハンを作ってくれたことがあった。知り合いからいただいた桜エビは、今までの私の人生に登場したことがない生物だった。お皿に盛られたチャーハン。その中に、無数の桜エビがいる。まるで生きているかのように…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SUPER BEAVERの「ひとりで生きていたならば」。 19歳の私から、お便りが届…
私は物心ついた時から、兄のことは「お兄ちゃん」と呼んでいた。両親にそう躾けられたからだ。だから何の疑いも躊躇いもなく、「お兄ちゃん」のことは「お兄ちゃん」と呼んでいた。 「兄貴」という新しい単語を我が家に持ってきたのは、妹の蘭だった。どこで…
自分の中の最古の記憶を覚えていますか? 私の中で、最古の記憶は一枚の写真のようになって脳の奥に保管されている。 信じられない人がいるかもしれない。だから、信じてくれる人だけが信じてくれればいい。 私の最古の記憶は、この世に生まれて数時間後のこ…
私はテレビでなまはげや獅子舞に怯え、泣いている子どもを見ると、同情を通り越して怒りすら覚える。 それをエンタメとして、微笑ましく眺めている大人たちに対してだ。 私は子どもの頃、年末年始を軽井沢にある祖父母の家で過ごしていた。お正月になると、…