こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

文化発表会の約束

9月21日に、文化発表会を控えていた。 テストの日以来、ずっと登校できていなかったけれど、母と「その日は行く」と約束した。文化発表会は毎年9月に行われていて、去年も一昨年も、その前も、兄の中学校の行事に遊びに行っていた。もしかすると、その行事…

9月2日と、それから

夏休みが明けた。9月2日。月曜日。 その日は、たった一日で終わるはずの月曜日だったのに、私にとっては永遠の始まりの日になった。 始業式の日に、私は学校に行けなかった。 つい数か月前、中学校に入学した時、自分が隠し持っていた希望を恨んだ。 結局…

いじめ

いじめ防止講習会の後、小学生の頃のことを思い出していた。 講習会の最初に、講師が言っていた言葉。 「もしお話を聞いている途中で嫌な気持ちになったり、苦しくなったりしたら、無理しないで近くの先生に声をかけてくださいね」 思い出すのは、小学校1年…

いじめ防止講習会

中学1年生の1学期。体育館に全校生徒が集まり、「いじめ防止講習会」が開かれた。 硬い体育館の床に体育座りをして、2時間。外部から来た講師の方のお話を聞いていた。 講習会の始まりに、講師が言った。 「もしお話を聞いている途中で嫌な気持ちになった…

最後の一撃

「ストップ!」 顧問の先生が大声でそう言い、部活の練習を中断した。ボールがバウンドしていたり、バッシュで走ったりする音が響いていた体育館が、一瞬で静かになる。 私は、数日ぶりに参加した部活だった。このままでは行けなくなってしまうと危惧して、…

The Colors

SEKAI NO OWARIのライブに行ったのは、そうした心身ともに忙殺されていた日々の中だった。 死にたい気持ちが湧き上がってくるたび、砂漠で這いつくばりながらオアシスを探すように、ライブのことを考えていた。 2019年のツアータイトルは、「The Colors」と…

部活に行けなくなるまで

同級生のトラブルに巻き込まれ、先輩の顔色を窺い、顧問の先生に怒られる。当たり前のように、そんな日々を送っていた。 次第に、学校のことを、部活のことを考えると胸に恐怖感や嫌悪感が走るようになった。小学生の時とは違う、圧倒的な嫌悪感。 私は、時…

部活の苦労

部活で苦労した点は友人関係や部活ノートだけではなかった。 私が入部したバスケットボール部は、上下関係が厳しかった。 「モップ、代わります」 部活後の掃除中、ありったけの勇気を振り絞って、先輩にそう声をかけた。けれど先輩は爽やかな笑顔で首を振っ…

部活ノート

「部活ノートを書きなさい」 顧問の先生にそう言われたのは、入部して数週間後のことだった。 部活ノート。日々の練習の反省や成長を綴る。試合の際は、どの学校と対戦して、結果が何対何で、先輩たちがどのような動きをしていたかをすべて記入しなくてはい…

入部

中学1年生の4月25日。私は、女子バスケットボール部に入部した。 理由は、主に2つ。一つは、同じ小学校から来た同じクラスの女の子が、バスケ部に入ると聞いたから。そしてもう一つは、妹がバスケを習っていたからだ。 同じ小学校から来た、同じクラスの…

中学校生活

新生活が始まった。 同じクラスにいる知り合いは、7人くらい。最初こそ同じ小学校出身者で固まっていたものの、一週間も経てばクラスメイトたちの交友関係は一気に広がっていった。 器用に友達作りを進めなければいけない一方で、複雑な造りをした校舎の中…

中学デビューを試みて

小学校の卒業を見据えた私は、中学校に思いを馳せていた。 私が進学するのは、近くの5つの小学校から新入生が集められる、とても大きな中学校だった。3クラスだった学年は、6クラスにまで増えるという。同じ小学校から同じ中学校に行く子は、20人程度しか…

場面緘黙症の私ができたことと、できなかったこと 小学生編

小学3年生から、じわじわとこの身を浸食するように場面緘黙症を発症した。 当時、小学生の私ができたことと、できなかったことがある。今日は、それを書いていきたいと思う。 まず、できたことは音読と運動。音読は、決められている文字を読むだけだから、小…

頼んでない

不登校気味だった私の連絡帳を持って行ってくれるのは、2歳下の妹であることがほとんどだった。 朝、玄関に座り込んで泣いている私を、家族が「またか」といった様子で眺めている。父は会社に出勤していることがほとんどだった。母は在宅で仕事をしていた。…

「ふたご」がくれた魔法の言葉

その夏、私は一冊の本に出会った。 SEKAI NO OWARIのSaoriさんが書いた小説、「ふたご」を書店で目にしたのは、夏休み、母方の祖父母の家に行く途中の出来事だった。電車を乗り継いで東京まで行く途中、駅の本屋の店頭に「ふたご」が並んでいた。 買うつもり…

学校を休んだ日は

学校を休んだ日のほとんどは、家に閉じこもっていた。けれど、それを見兼ねた母は、たまに大人の集まりに私を連れて行ってくれた。 大人の集まりとは、時に弟の幼稚園のバザーだったり、時に小学校のPTAの会議だったりした。 弟の幼稚園のバザーでは、母が仕…

家庭訪問

大変だ。家に先生がやって来るという。 大変だ。突然の家庭訪問に、私は大いに戸惑った。 先生が家に来る理由は、今日私が学校を休んだからだった。休んだから、配られたプリントや明日の時間割を伝えに来るという。今まで、そんなことはなかったのに。先生…

「甘やかしすぎ」

小学生の頃、私はよく学校を休んでいた。そのたびに、2歳下の妹が連絡帳を届けてくれていた。 どんなに頑張っても、学校が怖くて登校できない日がある。行かなきゃいけないのはわかっているのに、それでもやっぱり足が進まない。すべてに敗北したような気持…

席替え

席替えをした。縦横5列に並んだ机たち。同じ教室の中でも、少し席が変わるだけで、全く違う景色を見ているようだった。 私の新しい席は、前から3列目。 ただ、ここで一つ問題がある。3列目の子たちはみんな、班を作る時に隣の子と別れなければいけない。…

リレーの選手決め

残暑が厳しいグラウンドで、来たる運動会のリレーの選手決めは行われた。 学年全員が集まったグラウンドの、斜めに一直線、100メートルの白線が引かれていた。そこを、流れ作業のように二人ずつ走って行く。 小学生最後の運動会。元々足が速い方ではなかった…

紅茶の約束

大人になっても忘れないこと。 今でもよく覚えているのは、「紅茶の約束」だ。 小学生の頃、私は不登校児だった。とはいっても、完全な不登校ではなく、週に2、3度登校する児童だった。時に例外もあり、一週間のうち4日行ける日もあれば、1日しか行けない…

絶望日記

時系列に並べると、これくらいの時期だろうか。 小学5年生の1月。日記を書き始めた。 誰にアドバイスされたわけでもない。ただ、恐怖や苦しみを吐き出す場が必要だと、無意識に思った。友達にも先生にも言えないことも、「紙」になら、すべて正直に話せる…

林間学校

雨の日だった。朝から大雨が降っていた。何年も前から、ずっと恐れていたこの日。 1泊2日の林間学校。小学生になって、初めての宿泊行事。 玄関の前で、固まったように足が動かなかった。 「こころ」 ぐずぐずと泣いていた私に向かって、お母さんが言う。 …

SEKAI NO OWARIから始まった世界

私は今までの人生で一度だけ、運命的な出会いを果たしたことがある。 それは小学3年生のある土曜日。リビングで点いていたお笑い番組を家族で眺めていた時だった。とある芸人さんが登場してきて、ネタを披露する。ギャグや決め台詞があるわけでもなく、大道…

場面緘黙症の私が嫌だったこと

場面緘黙症になって、嫌だと感じていたことがいくつかある。これはあくまで私の場合だが、今日はそれを書いていきたいと思う。 まず、声を強要されること。学校は、話すことを、周りとの協調を、強要される場に他ならなかった。時には震えながら発表をして、…

自由な声を失って

あれから、自由な声のない日々を送っていた。とはいっても、授業中に当てられたら小さな声で応えることはできていた。体を動かすことも好きで、体育にも運動会にも参加できていた。最低限の学校生活は、できてしまっていたのだ。だからこそ、最初のうちは周…

場面緘黙症と初めて出会った時のこと

始まりは、私が小学校3年生の時だった。 3年生の教室。季節も、時間も、天気も、全く覚えていない。明確に記憶にあるのは、迫りくる恐怖と、『あの』感覚。 確か、私はノートを広げていた。周りのクラスメイトも一緒に。 5列に並んだ机の、多分前から3番目。…

はじめまして

はじめまして、こころです。 私は大学1年生の19歳。場面緘黙症を含んだ不安障害とうつ病を抱えながら暮らしています。 このブログでは、過去のこと、病気のこと、そして、そんな経験をしてきた私だからこそ書けるこころの声を綴っていきたいと思っています…