こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

2025-10-01から1ヶ月間の記事一覧

トイレから出られない

2年生になった私は、なかなかクラスに馴染めていなかった。やはり、話せないというだけで、「普通」にはなれない。話せない私は空気のようで、自分が「ここ」にいるという感覚が、失われていくばかりだった。 学校に行くのが、怖くなっていた。でも今度こそ…

クラスへの手紙

ゴールデンウイーク明け、担任の菊池先生と相談をして、クラスメイトたちへの手紙を代読してもらうことになっていた。 実は1年生の時にも、当時の担任の先生に手紙を代読してもらったのだ。 内容は、私の病気についてだった。 『2年B組のみなさんへ 去年…

2年B組

2年生に進級した。私は2年B組になった。 クラスには、知っている顔が何人もいた。1年生から継続で同じクラスになったのは男子9人、女子3人。夢愛ちゃんも春乃ちゃんも一緒だった。私は始業式の日まで誰が同じクラスになるのか知らなかったが、特に男子は示し…

クラス分け

H学園では、2年生に進級する時にクラス替えがあった。それぞれ科目や授業数が異なる4つのコースに分かれる。 情報、ビジネス系の進路を目指す情報コース。 4年制・短期大学・専門大学への進学を目指すアドバンスコース。 保育や介護などの実習に優れた保育…

場面緘黙症の私が助けられたアプリ

未だ認知度が低い、場面緘黙症。だから、誤解や無知で当事者が傷付くことも多い。どの場面緘黙症患者に聞いても、傷付いた出来事なんて山ほど出て来るはずだ。そう思うほど、なかなか理解が進まない病気の一つだった。 今日は、そんな場面緘黙症だった私が、…

初めてお友達と帰った日

漢字検定は、真冬の土曜日の学校で行われた。 私は、夏の一斉試験で3級を取得したので、今回は準2級を受験した。 朝登校すると、昇降口に同じクラスの春乃ちゃんが立っていた。私を待っていてくれたのだ。 漢検の少し前、保護者の茶話会で、春乃ちゃんのお母…

救われた音の記憶 #1『プレゼント』

こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「プレゼント」。 13歳の私から、お便りが届いています。…

緘黙顔

私は、緘黙状態に入ると、決まって同じ顔になった。それは、普段の私とは全く違う顔つきで、私はそれを「緘黙顔」と呼んでいる。 一重の細い目は、猫のように吊り上がる。鋭い視線は、まるですべての他人を睨んでいるようだった。もしくは、何も考えていない…

私にとってセカオワは

「私、SEKAI NO OWARIの大ファンなんです」 そう言うのには、どことなく違和感がある。間違いではない。それはわかっている。わかっているけれど、「ファン」というありふれた言葉を使うのは、何だかしっくりいかない。 でも私にとってセカオワは、「推し」…

障害者

高校1年生の夏、障害者手帳を取得することを両親と決めた。 きっかけは、高校で保護者向けに開かれた障害者手帳に関する講習会だった。母がそこに参加して、「お守りのように持っておくのもいいのかもしれない」と思ったらしい。 その話を聞いて、思ってい…

11年越しの東日本大震災

高校1年生の夏休み、家族で宮城県に旅行に行ってきた。2日目の午後、父の提案で東日本大震災の被災地を巡った。 全校児童のほとんどが亡くなった学校や、津波火災の被害に遭い、無残な校舎が展示されている博物館。被災者の証言や当時の映像は、実に生々しく…

初めてお友達ができた日

H学園では、1年生の1学期が終わるまでは、クラスメイト同士の連絡先交換が禁止されていた。 友人トラブルを避けるための校則なのだろうけれど、それにしても連絡先の交換が禁止なんて、自由を侵害されたような気分だった。そうはいっても、私には連絡先を…

緘動との闘い

高校に入学し、毎日登校するようになってから、緘動との闘いに直面した。 身体全体が、重い鎧を身にまとったように不自由だった。最寄り駅から学校まで、普通なら12分で着くところを、大袈裟じゃなく30分かけて歩いていた。私より一つ遅い電車に乗って登校し…

不登校を卒業するまで

私は、小学3年生から中学3年生まで、不登校児だった。週に2、3度登校する半分不登校のような時期もあれば、教室には一切入れなかった時期もあった。 不登校には5段階があると、昔新聞で読んだ。精神科医、明橋大二先生の記事だった。 第1段階、『沈黙』。…

高校生になって

4月。私はめでたく、高校生になった。だが、心情はめでたくない。周囲に促されるまま高校生になり、どうせ高校も、途中で行けなくなって退学でもするのだろうと、不貞腐れたように思っていた。 H学園には体育館がないので、入学式や卒業式は公共のホールを…

場面緘黙症の私ができたことと、できなかったこと 中学生編

場面緘黙症の私ができたことと、できなかったことがある。今日は中学生の私の日常を書こうと思う。 まず、できたことは、家の中でお菓子を作ったり、料理をしたり、絵を描くことだった。家族と外出することはできたけれど、そこに第三者がやって来ると緘黙状…

小さな卒業式

ほとんどの生徒が参加する、いわゆる「普通の卒業式」に出られない私は、それが終わった後にひっそりと行われる「小さな卒業式」に出ることにした。 学校に入る時、校門の前で式を終えた卒業生たちが写真を撮っていた。混雑しているその様子にたじろいで、動…

友 ~旅立ちの時~

最後の合唱コンクールは、未だコロナ禍の制限が多くかかっていた時期だったので、例年のように市民会館のホールではなく、学校の体育館で行われた。一クラスごとに距離を保って歌い、他クラスの合唱を教室に映し出されたスクリーンで見ていたらしい。 私は、…

希望の校長面接

高校受験の前に学校長から推薦をもらうために行う、校長面接が実施された。 中学校の校長先生は、私のことをよく理解してくださっていた。面接も筆談であることを許可し、担任の先生や母も、面接に同席していいということにしてもらった。 相談室に登校する…

高校見学

狙いを定めたH学園へ、個人的に見学に行った。学校説明会とは違い、平日の授業が実施されている時間に、学校内を見学する。 私たち親子を案内してくださったのは、教頭先生だった。 背が高くて、きっと、お父さんよりは少し年上の男性。清潔感があって、マス…

H学園との出会い

中学2年生の夏から、高校見学を開始した。理由は、私が生粋の優柔不断だったからと、専願期間が公立高校よりも早いため、早めに志望校を決める必要があったからだ。 1年生の頃から不登校だった私には、全日制の高校に進学するという選択肢がなかった。内申点…

絵を描く

中学3年生に進級した私は、相談室で新たな担任の先生と会っていた。 春、担任の先生に提案されたことがある。 「絵を描いてみないか」ということだった。 「こころさんが描いた絵を、教室に飾りたいんだ」 絵。先生に言われたことを、心の中で復唱する。絵…

寄せ書き

2年生の終わり、クラスへの思いを書き寄せる冊子に、私は初めて自分の病気のことを書いた。 『私は社交不安障害と場面緘黙症という病気があり、2年生になってからも学校に行けない日々でした。クラスメイトになった皆さんにも、会ってみたかったです。いつ…

県立精神病院

中学2年生の2月。当時通っていた駅前のメンタルクリニックから、「転院してみませんか」と提案があった。もうここでの治療は難しいから、思春期外来がある病院に行った方がいい、ということだった。 提案された転院先は、電車とバスを乗り継いで行く、県立…

苦しみに名前がついた時

初めて通った病院で、今までの苦しみに名前がついた時のことは、今でもよく覚えている。 場面緘黙症と、対人恐怖症(社交不安障害)。 初めてはっきりとした病名を知った時の心情は、一言で表すのは難しいほどに複雑なものだった。 ただ一つ、確かなのは、病…

恥ずかしい存在

妹の蘭に「こころちゃんがいると恥ずかしい」と言われたのは、突然のことだった。 妹の蘭も、弟の葵も、私のことは「お姉ちゃん」ではなく「こころちゃん」と呼ぶ。私は幼い頃、一人称が「こころちゃん」だったので、妹も弟も私のことは「お姉ちゃん」より先…

生きるのを楽にする魔法の言葉

自分はなぜ生きているのだろうと、憎しみのように思っていた。生きていても楽しいことよりもずっと苦しいことの方が多い気がして、生きていたい理由さえ、見つけられなくなっていた。 でも、本当に生きていたい理由を持っている人は、理由もなくただ生きてい…

何もできない

不登校になってから、勉強は家でしていた。スタディサプリというオンライン学習サービスを使いながら勉強を進め、定期テストだけ別室登校していた。 でもだんだんと、無気力になっていった。誰と競うわけでもなく、一人でただ孤独に苦手な学習を進める。それ…

緘動がやって来た

場面緘黙症の症状の一つに、「緘動(かんどう)」と呼ばれるものがある。 緘動とは、体や手足が思うように動かせなくなってしまう状態を指す。場面緘黙症は、発話が困難になるだけでなく、身体の動きも抑制されるケースがあり、不安や緊張が原因で体が固まって…

お菓子作り

元々料理は好きだった。その延長線上で、お菓子作りを始めた。 一日中家にいる生活を続けていると、とにかくすることがない。 けれど本当は、何かをしていないと、自分が止まってしまうようで怖かったのだと思う。 だからお菓子作りを始めた。 作るものは、…