2025-10-01から1ヶ月間の記事一覧
コロナのせいで、修学旅行に行けなかった高校生たちの番組を観ていた。私が中学生の頃だった。 「私たちの青春は、勉強だけですか?」 そんなテロップが映し出される。番組の内容は、そんな青春をコロナに奪われた高校生たちの元に、有名アーティストがサプ…
コロナウイルスは私たちの生活に大きな支障をきたし、たくさんの命を奪った。 でも、皮肉なことに、コロナ禍になったことで受けた、予期せぬ恩恵もある。 それは、マスクとセルフレジとオンライン、そして休校だった。 不安障害の私は、小学生の頃からクラス…
世間は新型コロナウイルスの話題で持ち切りだった。 母とドラッグストアに買い物に行くと、マスクの棚が空っぽになっていた。ニュースで画面越しに見ていた現状を目の当たりにしながら、「本当に売り切れてるんだねー」と呑気に会話をした。 コロナウイルス…
7月の終わりから休部していたバスケットボール部を、ついに退部することにした。2年生に進級する、直前のことだった。 相談室で、顧問の先生2人と向かい合い、退部届を書かされた。自分の名前と、顧問の名前、そして、退部する理由。緊張のあまり、顧問の名…
私のお母さんは、いつも冷静で、寛大で、取り乱しているところなんて見たことがない。 教室に入れなくなり、必要に応じて、相談室に短時間登校していた頃。中学校の廊下に、たくさんのポスターが貼ってあった。小学生の頃、私は環境委員で、こうして校内にポ…
不登校になった中学生の私は、がむしゃらに家事をした。 朝、掃除機をかけ、お昼にお皿を洗い、夕方には洗濯物を畳む。さらに、余裕がある時には、家族6人分の夕飯を作る。 家事をするのは苦痛ではなかったし、母の負担を減らせて、喜んでもらえるのも嬉しか…
マリンバを初めて習った翌日、前から予約していた精神科へ行った。もちろん、母も一緒に。 もしそこで薬をもらえたら、自分が「病人」だと認めてもらえるような気がしていた。だから、たとえ飲めない錠剤が出されたとしても、頑張って飲もうと思っていた。 …
学校に行けず、一日中家にこもっていた私に、母が訊いた。 「何かやりたいことはないの?」 学校にも行けずに、対人関係を断っていた娘を心配して、そう尋ねてくれたのだろう。 正直私は、何か新しいことを始める気力も起きなかった。何も、したくない。 で…
私は、HSPだ。 HSP. Highly Sensitive Person. つまり、生まれつき感受性が非常に高く、周りの刺激に対して敏感な気質を持つ人のことをいう。 母から武田友紀先生の『繊細さんの本』を手渡されたのは、外に出ることが怖くなり始めた頃だった。ページをめくる…
視線恐怖を感じるようになった。外に出るのが怖い。 視線恐怖。今思えば、あれは社交不安障害の症状だった。場面緘黙症を発症した、小学生の頃から視線恐怖はあったけれど、それが顕著になったのだ。 自転車に乗っている人も、車に乗っている人もみんな、私…
合唱コンクールが開催されたのは、秋雨の降る日だった。 学校の体育館ではなく、市民会館のホールで行われたという事実が、私の足取りを少しだけ軽くした。 在校生がずらりと並ぶ1階席を見下ろすように、2階席の隅に腰を下ろした。周りは保護者しかいなく…
毎日、家族の生活をただ呆然と見ていると、自分の無力さを痛感した。朝、慌ただしく支度をすませ、登校していくきょうだいたち。彼らを見送りながら、私だけ家に残る日が続いた。 教室に入れなくなっても、全く学校に行かなくていいわけじゃない。少なくとも…