2026-01-01から1ヶ月間の記事一覧
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「深海魚」。 19歳の私から、お便りが届いています。 オ…
高校時代の友人、響ちゃんに「麻辣湯食べに行こう」と誘われたのは、生きることに限界を感じていた頃だった。生きていく気力もなかった私だったけれど、久々の友達からの誘いに少し心が躍った。響ちゃんとだったら遊べるかもしれないと思い、自分を奮い立た…
※自傷・自殺に関する表現が含まれます。 大学に行き、勇気と元気を使い果たして、課題に追われる日々。逃げたくても、どうしても、逃げられなかった。進む勇気も、逃げる勇気も、持ち合わせていなかったのだ。 絶望的に、思った。こんな日々が、いつまで続く…
私は高校生の頃、遺書を書いた。 気を抜けば、ふらふらと死の方へ傾いてしまいそうな時期だった。 いつ終わっても後悔しないように——そう言えば聞こえはいいけれど、実際は、踏ん張る力がもう残っていなかったのだと思う。 もう死んでもいいや。 それは衝動…
SNSには、同じような病気と闘っている同志たちがたくさんいる。 彼らは現実の苦しみをネット上で吐き出していた。その多くが、『泡のように消えてなくなりたい』というものだった。 彼らの思考や絶望に共感していた私だったけれど、それだけは共感できなかっ…
大学に入学して2か月近く。私は、歩くのが難しくなった。 どうしても、脚に力が入らないのだ。薬の副作用でふらふらして、体から力が抜けていく。 大学の帰り、最寄り駅まで帰ったものの、駅の構内に蹲って、動けなくなってしまった日があった。母に連絡をし…
『何がそんなに苦しいの』 高校時代の担任である菊池先生と連絡を取っていた時、つい苦しみを漏らしてしまった。大学が苦しいと嘆く私に、先生はそう訊いた。 一日中、「苦しい、苦しい」と思っていた。それは偽りのない事実だ。でも、いざ「何が」と問われ…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「サザンカ」。 18歳の私から、お便りが届いています。 …
「はい、もっと大きな声で」 広い教室の隅で、私にマイクが向けられた。 私は数秒間凍り付いた。 韓国語の授業中だった。 先生がマイクを持って、発音の確認に教室を回る。一人一人にマイクを向け、上手くできたら次の子に移る。 指定された単語を一度読んだ…
多子家庭の奨学金をもらうため、高校まで成績の記載された調査書を受け取りに行った。 つい1か月近く前までいたはずの高校に、私服でメイクをして行くのは新鮮だった。菊池先生や斎藤先生に会い、近況について話す。大学が負担になっていることも伝えられた…
「問題児」という言葉を初めて知ったのはいつだろう。 少なくとも、私は問題児だった。病気という問題を抱えた子供。特別な支援が必要な子供。小学生の時からそうだった。知らず知らずのうちに背中に貼られた「問題児」というレッテルは、自分の力では剥がす…
F大学の保健室には、常にゆったりとしたオルゴールが流れている。歌詞がないので印象がだいぶ違うけれど、よく耳を澄ませるとサザンオールスターズだったり、MISIAだったりした。 「こころさん、ちょっと開けるよ」 ベッドの外から、保健室の先生の声がする…
春休みの間、少し休息の時間が取れたことで、うつは以前に比べてよくなっていた。少なくとも、一日中唸っているような生活ではない。 でも大学に入学し、オリエンテーションや授業が始まり、徐々に余裕を失っていった。こんな状態で大学生活を送るのなんて無…
数日間のオリエンテーションが終わると、「新入生Welcome day」という日が設定されていた。学籍番号順に割り当てられた教室表を両手に、まるで初めてのおつかいのような不安を抱えて、何とか指定された教室までたどり着いた。 教員も交えたアイスブレイク、…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、Mrs. GREEN APPLEの「ダーリン」。 18歳の私から、お便りが届いています。…
入学式の翌日から、オリエンテーションが始まった。一日中新生活の手ほどきを受ける。ひたすら覚えようとするけれど、疲労に比例して何も頭に入って来なくなる。ダメだ、ダメだ。メモを取れ。私は容赦なく進んでいくスライドに書いてある文字を必死でメモ帳…
私が入学したF大学の入学式は、4月1日に行われた。 慣れないスーツに、ちょっと踵が高いパンプス。会場近くの駅のお手洗いで鏡を見ると、一気に大人に成長したような自分が映っていた。 春とはとても思えない、寒い日だった。おまけに冷たい雨まで降ってい…
うつ病を発症してすぐ、急性期の数か月は記憶が飛んでいる。それは、私の中である種の防御反応が働いたようだった。きっとあの苦しみでしかない時間をずっと覚えていたら生きていくことができないだろう。 今回は、そんなうつ病急性期の一日を紹介する。 ま…
死にたい気持ちに初めて出会ったのは、小学1年生の頃だった。親友だったはずの亜美ちゃんからの、いじめとは誰も言ってくれなかったアレを受けて、誰にも言えない苦しみに耐え兼ねていた時。当時の日記に、『もう死にたいよ』と書かれていた。今読んでも、…
場面緘黙症に出会って10年。 私にとって一番苦しかったのは、「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えないことだった。 小学生の頃、クラスメイトには、恵まれた方だと思っている。彼らの中には、私が話せないのをからかったり、いじめたりするような子は一…
学校を卒業するたび恒例の「場面緘黙症の私ができたことと、できなかったこと」。今回は高校卒業時点での現実を書きたいと思う。 まず、できたことは、できるようになったことは、他人と話すこと、笑うこと、一人で電車に乗ること、買い物をすることだ。 他…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、RADWIMPSの「正解」。 18歳の私から、お便りが届いています。 高校に入学…
ついにお別れの時が来た。 私が望まなくとも、春はやって来る。 まさか私が、学校を好きになるなんて。離れたくないと思う学校に、出会うことができるなんて、夢にも思わなかった。 こんな優しい世界があるなんて知らずに、生きるのを諦めないでよかった。 …
脚が、ガクガクと震えていた。 それでも列は容赦なく進んでいく。マイク越しに生徒の名前を呼ぶ菊池先生の声が聞こえる。 舞台へと上がる階段の前に、1年生の時の担任の先生が立っていた。私は彼女に助けを求めようとしたけれど、「助けて」の声は出ることな…
高校生にもなれば、おしゃれに興味を持つ子が増える。校則で禁止されていること。例えばスカートを短くして、髪を染めて、ピアスをつけて、メイクをして登校してくるクラスメイトがたくさんいた。 私は、おしゃれに無頓着だったわけじゃない。むしろ休日はメ…
報われなかった時間を、今でもよく覚えている。 それは、起きた出来事をそのまま丸呑みして、消化不良を起こしてしまったようだった。 修学旅行、体験学習、スポーツ大会、文化祭、卒業遠足。 少しずつ場面緘黙症を克服した私は着ていた鎧を脱ぐように、治っ…
入院中、ずっと退院したら食べたいものをリストアップしていた。 病院食は美味しかった。精神科病棟なので味が薄いとかもなかったし、毎週金曜日は揚げ物が出ていた。それでも、当たり前だが、自分の食べたいものが食べられるわけじゃない。そうなると、やは…
入院してから2週間近くが経過した。 入院13日目。作業療法に2回行ってみたものの、それ以降は行ける気がしなかった。見ず知らずの他人と決まった時間一緒に過ごす。それが嫌になった。いや、正確には、作業療法が嫌になってしまった自分が嫌になった。 た…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、miwaの「あなたがここにいて抱きしめることができるなら」。 18歳の私から…