2026-03-01から1ヶ月間の記事一覧
小学生の頃、お昼ごはんに、母が桜エビのチャーハンを作ってくれたことがあった。知り合いからいただいた桜エビは、今までの私の人生に登場したことがない生物だった。お皿に盛られたチャーハン。その中に、無数の桜エビがいる。まるで生きているかのように…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SUPER BEAVERの「ひとりで生きていたならば」。 19歳の私から、お便りが届…
私は物心ついた時から、兄のことは「お兄ちゃん」と呼んでいた。両親にそう躾けられたからだ。だから何の疑いも躊躇いもなく、「お兄ちゃん」のことは「お兄ちゃん」と呼んでいた。 「兄貴」という新しい単語を我が家に持ってきたのは、妹の蘭だった。どこで…
自分の中の最古の記憶を覚えていますか? 私の中で、最古の記憶は一枚の写真のようになって脳の奥に保管されている。 信じられない人がいるかもしれない。だから、信じてくれる人だけが信じてくれればいい。 私の最古の記憶は、この世に生まれて数時間後のこ…
私はテレビでなまはげや獅子舞に怯え、泣いている子どもを見ると、同情を通り越して怒りすら覚える。 それをエンタメとして、微笑ましく眺めている大人たちに対してだ。 私は子どもの頃、年末年始を軽井沢にある祖父母の家で過ごしていた。お正月になると、…
一般的な家庭がどうなのかはわからないが、我が家の場合、新生児が生まれるとその他のきょうだいは父方の祖父母の家に預けられるのがルールだった。 命の誕生を見届けて、父の運転する車に乗り祖父母の家がある軽井沢に行く。私たちを送り届けた父はそのまま…
母は第1子である兄を大きな病院で産んだ後、第2子以降の私たちを同じ助産院で産んだ。 その助産院では、夫である父はもちろん、子供たちも出産に立ち会うのが当たり前だった。 妹の蘭が生まれた時のことは幼すぎて覚えていないのだけれど、弟の葵が生まれた…
私には幸せなことに、愛する家族が5人もいる。今回は、彼らの紹介をしたいと思う。 父は子育てにはほとんど協力しなかったと母から何度も聞いた。確かに父は仕事に忙しい人で、お世話をしてもらった記憶はほとんどない。肝心な時はいつも酔っぱらっていて、…