2026-01-01から1年間の記事一覧
一般的な家庭がどうなのかはわからないが、我が家の場合、新生児が生まれるとその他のきょうだいは父方の祖父母の家に預けられるのがルールだった。 命の誕生を見届けて、父の運転する車に乗り祖父母の家がある軽井沢に行く。私たちを送り届けた父はそのまま…
母は第1子である兄を大きな病院で産んだ後、第2子以降の私たちを同じ助産院で産んだ。 その助産院では、夫である父はもちろん、子供たちも出産に立ち会うのが当たり前だった。 妹の蘭が生まれた時のことは幼すぎて覚えていないのだけれど、弟の葵が生まれた…
私には幸せなことに、愛する家族が5人もいる。今回は、彼らの紹介をしたいと思う。 父は子育てにはほとんど協力しなかったと母から何度も聞いた。確かに父は仕事に忙しい人で、お世話をしてもらった記憶はほとんどない。肝心な時はいつも酔っぱらっていて、…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、上白石萌音の「夜明けをくちずさめたら」。 19歳の私から、お便りが届いて…
大学を休学した。 「後期は治療に専念しよう」 母にそう言われたけれど、後期に休んだその先に、復学できる未来があるとは到底思えなかった。だって私は、あんな場所、もう二度と行きたくないのに。 休学中は、なるべく大学のことを考えずに過ごそうとしてい…
私は、聴覚過敏だ。 多分全体的に五感が鋭いけれど、その中でも聴覚は飛び抜けていた。 先天的なものではない。幼い頃から大きい音が得意だったわけじゃないけれど、日常生活には困らない程度のものだった。でも、中学生くらいから、街中の雑音さえも苦痛に…
私はうつ病になってからというもの、しょっちゅう頭が痛くなった。電車に乗る。病院に行く。学校に行く。人と話す。そのすべてに、異常なほど体力を使った。そして体力が切れる頃、警報を鳴らすように頭痛を覚えるのだ。 私はそれを「オーバーワーク痛」と呼…
場面緘黙症は、約10年もの間、私の中で勝手に行動し、私を縛り続けた。 この病気さえなかったら、できたはずのことが山ほどある。今でも思い出して、苦しみ続けているトラウマもある。 でも、今日はあえて視点を変えて、「場面緘黙症になってよかったこと」…
「元気そうだね」 うつ病に苦しみ、それでも人並みに普通の顔をしなきゃいけないと気を張っていた時、そう言われたことがある。 グサッと、刃物が胸に刺さったような衝撃を覚えた。 私は曖昧に笑うことしかできなかった。 でも、心の中は酷いショックを受け…
太陽光が苦手だ。 それはもちろん日焼けを気にしているのもあったけれど、うつ病の症状が大きかった。 うつ病は太陽の光を浴びることを物凄く勧められる。自律神経が整うとか、太陽からエネルギーをもらうとか。私はそうした主張を納得のいかない様子で聞い…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「MAGIC」。 19歳の私から、お便りが届いています。 「こ…
9月の始めに、大学の図書館が主催する創作コンクールに短編小説と詩を応募してみることにした。 小説は書き上げていた長編から抜粋し、詩は中学生の頃から書き溜めたものを手直しして、締め切り当日に送信した。 結果発表の日。私はセカンドオピニオンで新…
私が死んだら、お葬式には誰が来てくれるのだろう。先生や友達は、私を救えなかったことを一生後悔するのだろうか。 遺影にできそうな写真を、スマホのアルバムから探す。 今死ぬなら、これがいい。 でも、勝手に選ばれた写真が気に入らなかったらどうしよう…
うつ病を発症してからというもの、私は読書ができなくなった。 文字が読めない。何の比喩でもなく、本当に文字が文字として認識できないのだ。こんな意味不明な暗号を、何時間も読み続けることなんてできない。私は、読みかけていたすべての本を栞で閉じた。…
まずうつがやって来る時は、背後から。何かの拍子にすっと背後にやって来て、大きな手で私の顔を覆う。そうするともう、普通の世界は見えなかった。うつが創り出した幻像。ここは出口のないトンネルで、そこに死ぬまで閉じ込められているような感覚に陥る。…
人生で初めて髪を染めようと思ったきっかけは、母からの勧めだった。 「染めてみたら?似合うと思うよ」 正直、「そんな簡単に言われても……」と思った。髪の毛を染めるということは、美容室に行き、美容師さんといくつもやり取りをして、長時間椅子に縛り付…
まずい。ダイエットをしないと。 本気でそう思い立ったのは大学1年生の秋頃だった。 体重計に乗って絶望する日が続いた。 飲んでいる薬の副作用で、息をしているだけで太っていく。また時には抗えない過食の波がやって来て、気持ち悪くなるまで食べ物を体に…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、TWICEの「Fanfare」。 19歳の私から、お便りが届いています。 うつ病で大…
高校生の時、沖縄に修学旅行に行った際、美ら海水族館で担任の菊池先生にカメのぬいぐるみキーホルダーを買っていただいた。クラスメイトだった響ちゃんたちと、お揃いのキーホルダーだ。 私は修学旅行から帰って来てから、ずっと通学用の鞄にそのキーホルダ…
うつ病でどうしようもなく苦しんでいた時、藁にも縋る思いで色々なことを試した。 緊張しながら鍼やお灸治療に行き、カイロプラクティックに行き、整体に行き、ヘッドマッサージも受けた。著名な精神科医が書いた本をいくつも母が買って、調べてくれて、「い…
後期が始まっても、私の大学生活は停滞していた。 履修登録はしたものの、いざ授業がある日の朝になると動けない。今から電車に乗って、大学に向かう。大学に向かう。そのことが、言ってしまえばそのことだけが、涙が出るほど怖くてたまらなかった。 それで…
文化祭の朝は、父が車で高校まで送ってくれた。 くじ引きの接客は男女でローテーションすることに決めて、女子は法被のようなものを来て先に接客することになった。お店の奥には、景品であるランチボックスやピーラー、おろし金や自転車までもが律儀に並んで…
大学1年生の秋。後期が始まったが、私は大学に行けなかった。 あの地獄のような前期を越えて、夏休みを経てもなお、傷は癒えなかった。体調も整わず、大学のことを考えるだけで、怖くて涙が止まらない。 さて、私は、どうすればいいのだろうか。 そんな路頭…
みんなと同じ空間の中で、私だけ一人別の時間を過ごしていた。 それは、みんなと同じ教室にいても、グラウンドにいても、見えている世界が違うようだった。その世界には、私一人しかいなかった。 声のない世界。自由に動けない世界。永遠に、何かに縛られ続…
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。 今回のゲストは、『ユイカ』の「私が選んだもの」。 19歳の私から、お便りが届いています。…
ブログを始めることになったきっかけは、深夜の母との会話だった。 不安で眠れない夜。翌日は、妹の高校の体育祭だった。私には楽しめなかった行事を心待ちにする妹を見て、胸がざわざわと不穏な音を立てていた。「大丈夫。私とは、関係のないことだ」と言い…
K-POPアイドルグループ、TWICEのライブに行ったのは、8月の下旬だった。2025年から始まったワールドツアーのタイトルは、「THIS IS FOR」という。 弟の葵はONCE(TWICEのファンネーム)だ。私も、ONCEと公言こそできないものの、TWICEの曲はほとんど知ってい…
大学の夏休みが始まって最初にやったことは、人生で初めてのアフタヌーンティーに行くことだった。 電車に乗って、都会に出る。母と、妹の蘭との3人だった。 アフタヌーンティーでは蘭の指示のもとたくさん写真を撮った。これじゃあまるで、食事よりも写真…
大学4年生の兄は、来年から就職する。そして同時に、一人暮らしを始める。 14年間、この6人家族で生きていた私にとって、それはとても寂しい現実だった。 夏休みに、私たちは最後の家族旅行だと覚悟して京都に行った。 私の体調のこともあり、新幹線や飛行…
高校3年生の冬頃から、体重は増えていく一方だった。 飲んでいる薬の副作用で、息をしているだけで太っていく。それに多大なストレスを感じながらも、健康を優先するほかなかった。決してカロリーの高いものばかり食べていたわけじゃないし、むしろ食事には…