あれから、自由な声のない日々を送っていた。とはいっても、授業中に当てられたら小さな声で応えることはできていた。体を動かすことも好きで、体育にも運動会にも参加できていた。最低限の学校生活は、できてしまっていたのだ。だからこそ、最初のうちは周囲の大人たちが私の異変に気付いてくれることはなかった。大人たちに気付いてもらうまでは、私はただの「変な子」だった。これが私の個性なのか、それとも個性を完全に超えた異常なのかがわからなかった。
ただ、「声が出ない」という感覚は今でこそ表現できるもので、当時はあの感覚が「声が出ない」という言葉には繋がらなかった。話さないのは、自分が人見知りだからだ。幼い頃からそうだった。音読だって発表だって苦手だったけど、それでも今までやってきたから。これは、無意識なわがままなのかもしれない。時間が経ち、あの絶大な緊張感が薄らいでいくたびに、そう思うようになった。言葉にできないような感覚を誰かに話すなんて、もちろんしなかった。
私がこの話をやっと他者に話すことができたのは、あの日から10年も経った後だった。