こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

林間学校

 雨の日だった。朝から大雨が降っていた。何年も前から、ずっと恐れていたこの日。

 1泊2日の林間学校。小学生になって、初めての宿泊行事。

 玄関の前で、固まったように足が動かなかった。

「こころ」

 ぐずぐずと泣いていた私に向かって、お母さんが言う。

 荷物はすべて抱えていた。靴も履いていた。ただ、ドアの先へと足が進まない。進めたくない。行きたくない。

「こころ、もう時間だよ。早くしないと、バスが」

 母は焦っているようだった。学校から長野県まで、借り切りのバスで向かう。そのためには絶対に守らなければいけない集合時間があった。遅れたら、バスが発車してしまう。まだ家で燻ぶっている私にも、集合時間は刻一刻と迫っている。

 嫌だ。行きたくない。

 泣いて、息ができなくなるほど泣いて、そう訴えた。でも今さら「そっか。じゃあ行くのやめよう」とは誰も言ってくれなかった。

「こころ……!行ってらっしゃい」

 母に押し出されるようにして、無理やり家を出た。外は相変わらずの大雨で、「まるで私の心模様を表しているようだ」と思った。止まることを知らない雨風は、果てしない絶望を表現しているように感じられた。

 肩にかけたボストンバックがずしんと重たい。徒歩20分ほどの小学校に着く前に、体と鞄は派手に濡れてしまった。

 雨の影響で、集合場所は体育館に変更されていた。私が着いた頃には、もう多くの児童が集まっていた気がする。記憶が不明瞭なのは、時間が経過したからではなく、私がずっと下を向いていたからだ。泣いているところを、見られないように。

 びしょ濡れだった荷物と、「顔」を拭きながら、おずおずと辺りを見回すと、笑顔で会話をしているクラスメイトたちがいた。彼らは、これから始まる旅が、それはもう楽しみでたまらないようだった。笑顔の友達を見ると、思い知らされた。ああ。楽しみじゃなかったのは、きっと、私一人だ。こんなに泣いて、嫌がっているのは、私だけ。そう思うと、急に周りが敵のように感じられた。

 わかっていたことじゃないか。「普通じゃない」のは、私の方。楽しいはずの林間学校を不安がるなんて、どこまで迷惑で、変な子なんだろう。

 そこは、泣くことを許されない空間のようだった。私は涙を強引に拭いて、無理やり前を向いた。涙は、体育館に置き去りにするしかなかった。

 バスには、何とか間に合った。ただ、林間学校は、苦手なことの連続だった。バスで隣の席の子と、お菓子を交換する。クラスメイトたちとお風呂に入る。恋バナに花を咲かせる。レクリエーションに参加させられる。そこに「声」が介入するたび、不安でどうにかなりそうだった。何より、今の私には頼れる大人がいない。先生たちのことを、信頼できていなかった。唯一の信頼できる大人は、お母さんは、ここにいない。家族旅行なんて一瞬で終わってしまうのに、1泊2日の林間学校が、とてつもなく長く感じられた。その長さの中で、私はずっと「普通じゃない自分」を抱え込んでいた。

 

 だからこそ、あの日のことを、今こうして言葉にしている。
 泣いていた自分を、二度と置き去りにしないために。