
大人になっても忘れないこと。
今でもよく覚えているのは、「紅茶の約束」だ。
小学生の頃、私は不登校児だった。とはいっても、完全な不登校ではなく、週に2、3度登校する児童だった。時に例外もあり、一週間のうち4日行ける日もあれば、1日しか行けない日もあったのだが。
そんな私は、朝玄関でひとしきり泣いて、少し気持ちに整理をつけてから遅刻することも多かった。望んでそうしていたわけじゃない。ただ、朝の短時間だけでは、学校という恐怖でしかない場所に立ち向かう覚悟が決まらなかったのだ。
遅刻する時は、学校の規則として、母が毎回ついてきてくれた。私を送り届けた後、家まで早く帰れるように、隣で自転車を押しながら。本来子供が乗る用の自転車後方の椅子にランドセルを載せて。
「帰って来たら、紅茶淹れるからね」
「……うん」
行けないかもしれないのに、行くことを前提で話されていることに、若干居心地の悪さを感じながら頷く。
でも、「素敵だ」と思った。もし、このまま学校に行けて、帰って来たら、温かな紅茶が私を待っている。そうしたら、お母さんに今日あったことについて話そう。一緒に紅茶を飲もう。
その時、遠くに見える校舎から、チャイムの音が響いてきた。ただそれだけで、吐き気がするほどの嫌悪感と恐怖感が襲ってくる。
目の前に広がりつつあった温かな未来が、急激に温度を下げてしぼんでいった。
お腹が痛い。
「どうするの。行くの、行かないの」
動かない私を見て、母の苛立った声がする。彼女の催促に応じるように、私は口を開いた。
「……行けない」
校門の前で、絞り出すようにそう呟いた。これが、誰も望まない結果だということは、重々わかっていた。
隣に立った母が、大袈裟なほど大きなため息を吐く。
「そっか。じゃあ、帰ろうか」
つい数分前、「帰って来たら、紅茶淹れるからね」と言ってくれたのと同じ声が、紛れもなく同じ声が、そう言う。その声の中にどこか落胆したような、呆れたような感情が垣間見えて、耳を塞ぎたくなる。
「ごめんなさい」
そう思ったのに、目の前に見える母の背中には届かなかった。
私は泣き声を押し殺して、通行人に泣いていることがバレないように、下を向いたまま家路についた。母が乗って帰るはずだった自転車は、結局牽いて往復するだけの大きな荷物になってしまった。
結局その日、紅茶が淹れられることはなかった。あの温かい香りに包まれたら少しは元気が出るかと思ったけど、母が「紅茶、淹れたよ」と私をリビングに呼んでくれることはなかった。仕方がない。すべては、学校に行けなかった私が悪いのだから。
でも、紅茶の約束をした日に学校に行けると、母は約束通り甘い紅茶を淹れてくれた。私にとって、紅茶は「頑張った日のご褒美」だった。母との約束を守れた日。その日だけに飲むことができる、特別な飲み物。
あの幸福感を、今でもよく覚えている。