こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

頼んでない

 不登校気味だった私の連絡帳を持って行ってくれるのは、2歳下の妹であることがほとんどだった。

 朝、玄関に座り込んで泣いている私を、家族が「またか」といった様子で眺めている。父は会社に出勤していることがほとんどだった。母は在宅で仕事をしていた。きょうだいたちも、それぞれの学校がある。私の横を、家族が次々と通り抜けて、出かけていく。

 最後まで玄関に残ってくれていたのは、妹だった。

 彼女も、きっと早く学校に行きたかったはずだ。けれど、もし私が欠席するなら、連絡帳を届けなければいけない。欠席か、遅刻か、もしくはこのまま登校するか、決めなければいけない。制限時間が迫っていた。

「どうするの」

 「仕事始まるから、リビングにいるね」と言って姿を消していた母が、いつの間にか玄関に戻って来ていた。

「行くか、行かないか、早く決めないと。蘭だって遅刻しちゃうよ」

 行きたくない。でも、行かなかったら罪悪感に苛まれるのは目に見えていた。それに、明日また行きづらくなる。遅刻するのも、決断を後回しにするようで、気持ちが悪い。

 全部、嫌だった。どうすればいいのか、もうわからなかった。

 その時、深く考えずに声が出た。

「頼んでない」

「何?」

「連絡帳、届けて欲しいなんて、頼んでない!」

 その言葉を聞いた母が、怒った。

「こころのために、蘭は毎日こうやって待っててくれているのに、何でそんなことが言えるの」

「だって」

 そこまで言って、でも続きが出てこなかった。

 頭の中に浮かんだどんな言葉を言ったって、母の怒りを増長させるだけだとわかっていたからだ。

 代わりに心の中で、開き直るように思った。

 じゃあ、どうすればよかったの。

 望んでこうなったわけじゃないのに、誰を憎めばいいの。

 

「もういいよ。蘭、待っててくれてありがとう。こころが行かないなら学校に直接電話するから。行ってらっしゃい」

「うん」

 妹の蘭がちらりと私の方を気にするように見て、出て行く。

 私もあんな風に、お母さんから「ありがとう」と言ってもらいたい、と場違いなことを思った。

 蘭には、私が小学校を卒業するまで、何年もそうして、玄関で待たせてしまう朝があった。

 今になって、申し訳ないことをしたとは思っている。でも、あの頃の自分の言動を否定するのは、あの頃の自分自身を否定するようで、できない。当時の私には、私が選べる選択肢の中には、「これでもいいや」と思えるものが一つもなかった。すべてが、死ぬほど嫌だった。

 学校に行くか、行かないか。どちらも苦しいその選択肢のいずれかを選んで、生きていくしかないと思っていた。そんな世界で、生きていたくないと思った。

 私の世界は狭かった。その世界を、広げられる術を持っていなかったのだ。だから、生きているのが苦しかった。