
新生活が始まった。
同じクラスにいる知り合いは、7人くらい。最初こそ同じ小学校出身者で固まっていたものの、一週間も経てばクラスメイトたちの交友関係は一気に広がっていった。
器用に友達作りを進めなければいけない一方で、複雑な造りをした校舎の中で教室の配置を覚えたり、新しい教科を学んだり、仮入部が始まったりした。移動教室に間に合わず叱られ、体育祭の準備にも追われる。心も体も、日に日にすり減っていった。
小学生の時は配慮してもらっていたことにも、挑戦せざるを得なくなった。私がそれを望んだのだ。この高い壁を乗り越えられたら、ずっと夢見ていた『普通』が手に入るような気がしていたから。
中学校生活は、困難の連続だった。でも、どんなに怖くても、「声が出ない」ということを、言い訳にしたくなかった。
国語のスピーチ発表では、将来の夢を語った。「小説家になりたい」という内容は褒めてもらえたけれど、後日返ってきたどの評価用紙にも「もっと声を大きくした方がいいと思います」と書かれていた。評価欄の「声の大きさ」には、決まって「C」に丸がついていた。
音楽の歌のテストでは、クラス全員の前で一人歌う。緊張のあまり声が震えて、うまく歌えなかった。後日、クラスメイトが「あの子は歌が下手だった」と陰で笑っているのを見た時、胸の奥が凍りついた。誰かの笑いは、いつか自分にも向けられるかもしれないと、どこかで悟ってしまったのだ。
廊下でクラスメイトの男子にぶつかられた時には、彼が「ごめん!」と謝ってくれたけれど、それに返せる声が出なかった。何度も「大丈夫だよ」の意味を込めて頷いたけれど、彼には伝わらなかった。何も言わない私の姿を見て、怒っていると思ったのか、教室の中まで謝りながらついて来る。小学生の時は、私が話せない子だという認識が学校中に広まっていたから、こんなことはなかったけれど、そうか、このままじゃ、これは無視と捉えられてしまうのか、と思った。
そんな風に、友人と満足にコミュニケーションを取ることもできず、少しずつ浮いていくのを肌で感じていた。話題に出てくるクラスLINEの存在も知らなかった。「こころちゃん、入ってないよね?招待しようか?」と言ってくれる人は誰もいない。自分の前でそういう話が出るたびに、それは一種の嫌がらせなのかもしれないと思った。だから「クラスLINEに入れて欲しい」なんて、言えるはずがなかった。私の知らないところで、クラスが動いている。好きなクラスじゃなかったけれど、その事実が余計に疎外感を抱かせた。
そうして現実を眺めると、夢見ていた『普通』は、遠ざかっていく一方だった。やっぱり、私には無理なんじゃないか。
新生活が始まって、あまりにも早いうちから、そう感じ始めた。