
部活で苦労した点は友人関係や部活ノートだけではなかった。
私が入部したバスケットボール部は、上下関係が厳しかった。
「モップ、代わります」
部活後の掃除中、ありったけの勇気を振り絞って、先輩にそう声をかけた。けれど先輩は爽やかな笑顔で首を振った。
「大丈夫、大丈夫。もうすぐ終わるから」
「でも……」
「大丈夫。そこまでだから」
ここまで言われてさらに食い下がる勇気は出ずに、仕方なく先輩の元を離れた。体育館全体を見回す。私にできることは何だろう……。どこにも人手は足りていて、私が入れる隙はなさそうだった。
立ち尽くしながら思考をフル回転させていた私に、3年生の先輩から怒号が飛んだ。
「ちょっと1年生!2年がモップやってるよ!変わらないと!」
「あ、はい!」
慌てて、モップかけをしている先輩の元に走る。祈るような気持ちでもう一度、「すみません。代わります」と言ったけれど、先輩は頑なに「大丈夫だよー」と言うだけだった。この体を持て余しながら、広い体育館で思っていた。大丈夫じゃないのは、私の方なのに。
顧問の先生は挨拶や声の大きさを重視する方だった。廊下ですれ違う時は、端と端でも相手に届くくらいの声で挨拶しなさい、と。場面緘黙の私にとって、あの指示は一番苦しいもので、たとえ「生まれ変わる」と覚悟してきても、すぐには出せない声だった。
廊下で先輩とすれ違いそうな時、少し遠くに先輩を見据えたところから、こっそり腹をくくる。下を向いて、持っている教科書やノートを確認するふりをして歩く。すれ違う時、心臓がばくばくしていた。案の定、「あ」という声が聞こえる。そうして初めて顔を上げた。
「こころちゃん」
「あ、こんにちは」
持ち物に気を取られていて気付かなかった、今初めて気が付いたというような顔で、先輩に挨拶をする。これくらいの距離なら、大声を出さなくてもよかった。
そんな日々が続いた。楽しいか、楽しくないかなんて考えたこともなかった。考えてしまったら、楽しくなんてないと気付いてしまったら、もう学校に行けなくなることを無意識にわかっていたのだろう。長くて急な坂道を、自転車で漕いでいるようだった。途中で止まってしまったら、もう二度と走れない。本心をわかっていながら、気付かないふりをした。気付かないふりをして、ただひたすら前に進んでいた。