
中学1年生の1学期。体育館に全校生徒が集まり、「いじめ防止講習会」が開かれた。
硬い体育館の床に体育座りをして、2時間。外部から来た講師の方のお話を聞いていた。
講習会の始まりに、講師が言った。
「もしお話を聞いている途中で嫌な気持ちになったり、苦しくなったりしたら、無理しないで近くの先生に声をかけてくださいね」
そう言われて、私は目だけを動かして近くに立っている先生たちを眺める。もし嫌な気持ちになったり、苦しくなったりしても、私は助けを求めることができないなと思った。だって、そんなことしたら、クラスどころか学校中の注目を浴びることになる。その後も学校生活は続いていくのだ。そんな目立つこと、できるはずがない。
講師は、それをわかった上で言っているのかな、と思った。
講習会が始まった。具体的に何の話をされたのかは、正直あまり覚えていない。ただ一つ今でも印象に残っている話があった。
「ここに、天気のマークがありますね。晴れ、曇り、雨、雷……」
そう言いながら、臨時で持ってこられた移動式黒板に、それぞれ天気のイラストが描かれた紙を貼っていく。
「ここで、みなさんに質問があります。今のみなさんの気持ちをこの中の天気で表して欲しいんです。では、少し考えてみてください。……いいですか?」
一方的な話が続き、飽きが見られ始めた生徒たちに向かって、講師がそう言う。
私は、真面目に考えていた。今の自分の気持ちを天気で表すと……。何だろう。早く家に帰りたい。こんな学校にいたくない。これは天気にすると雨だろうか、雷だろうか……。どれでもないような気もした。
「じゃあ、晴れだよって人ー?」
講師の声に、ほとんどの生徒が手を挙げる。その様子を満足げに見た講師が、晴れのマークの隣にある雲りのマークを指差す。
「じゃあ、曇りだよっていう人ー?」
手を挙げた生徒は多かったわけではなかったが、少なかったわけでもなかった。慌てて私も手を挙げた。きっと雨や雷で手を挙げたら、目立ってしまう。「あの子、何でそんな気持ちなんだろう」と思われてしまう。曇りは、いわば「普通」を表していると思ったのだ。
それから雨、雷と続いたけれど、そこに手を挙げる生徒はほとんどいなかった。多くの生徒は同調圧力に負けてか、本心なのか、晴れか雲りに手を挙げていた。
すべてを聞き終えた講師が大きく息を吐く。それから、心底ほっとしたように笑った。
胸に手を当てて言う。
「みなさんの気持ちを聞いて、安心しました。実は、今の質問はいじめを受けた子にするものなんです。じゃあ、また質問。いじめを受けた子は、自分の気持ちを天気で表すと、なんて答えると思いますか?」
「雨ー」「雷!」と後ろの方から生徒の声がする。私も無言で同意した。きっといじめられた子たちの心の中には、雨が降っているか、雷が轟いているか、どちらかだろう。
けれど講師は深刻そうに言った。
「いいえ。答えは……『わからない』って言うんです。同じような質問をしても、しばらく天気のマークを見て考えて、それから首を振って『わかりません』って言うんです」
「だから」と彼女は続けた。
「だから今、みなさんの気持ちを聞けて本当に安心しました」
その時、心をえぐられたような痛みが走った。
「あなたたちは、大丈夫ですね」と突き放されたような気分だった。
違う、と思う。
違う。
私は、助けて欲しいのに。
近くにいる先生たちを探した。でも、声をかけられる距離には誰もいない。
誰もいないのだ、と思い知った。
集団に埋もれてしまう私のことを助けてくれる大人は、誰もいない。手を差し伸べてもらえるのは、一目でわかるほど傷だらけになった子だけなんだろうな、ということをその講習会で学んだ。