こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

不参加の合唱コンクール

 合唱コンクールが開催されたのは、秋雨の降る日だった。

 学校の体育館ではなく、市民会館のホールで行われたという事実が、私の足取りを少しだけ軽くした。

 在校生がずらりと並ぶ1階席を見下ろすように、2階席の隅に腰を下ろした。周りは保護者しかいなくて、一人だけ中学生の私は浮いていた。

 合唱コンクールには参加せず、ただ「観客」としてそこにいた。
 自分のクラスが壇上へと上がり、整然と並んで深呼吸をする姿を見た時、胸の奥がざわついた。ピアノの前奏が鳴り始め、歌声がホールに満ちていく。その瞬間から、ずっと全身に鳥肌が立っていた。理由はわからなかった。恐怖か、感動か、それとも両方か。

 彼らが歌っている「変わらないもの」という曲は、1学期にクラス全員で決めたものだった。私もその場にいて、10曲ほどの候補の中からこの曲を選んだ。心から「これがいい」と思ったから。クラスの人気投票でも、学年の投票でも一位を獲得し、実行委員の子がじゃんけんで勝ち取ってきた、『みんなの曲』だった。

 その『みんな』の中に、自分も含まれていると思っていたあの頃。
 でも今、壇上で歌っている彼らは、私が教室を去った後、何度も練習を重ねてこの日のために立っている。私の知らない時間を、私のいない場所で、積み重ねてきたのだ。そのことが、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、悔しかった。

 歌を聴いているうちに、一瞬だけ「戻ってみようかな」という考えが胸を掠めた。けれど、次の瞬間、毎朝あの校門を通り、あの教室で、あの人たちに囲まれる自分を想像した途端、ぞっとした。「無理だ」と反射的に思った。芽生えたばかりの小さな希望は、私自身で無意識のうちにぐちゃぐちゃに踏み潰した。

 彼らの歌声はどこまでもまっすぐで、痛いほどに美しかった。
 それは、私がもう手に入れられない「日常」の欠片のようにも見えた。