こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

私が家事をする理由

 不登校になった中学生の私は、がむしゃらに家事をした。

 朝、掃除機をかけ、お昼にお皿を洗い、夕方には洗濯物を畳む。さらに、余裕がある時には、家族6人分の夕飯を作る。

 家事をするのは苦痛ではなかったし、母の負担を減らせて、喜んでもらえるのも嬉しかった。「ありがとう」と母に言ってもらえると、それだけで少しだけ、息がしやすくなった。

 当時は、ただ家の役に立ちたかっただけだと思っていた。でも今になって思う。家事は私にとって、一種の罪滅ぼしだったのだと。学校に行けない私が、家(ここ)にいてもいいという理由作り。私は、「いい子」でいることに必死だった。一日中ゲームに明け暮れたり、昼夜逆転の生活に転じてしまったりしたら、唯一の味方である家族にも失望される。「いい子」でい続けないと、ここにいられる権利を剥奪されるような気がしていた。

 それは、「ここにいてごめんなさい」と「それでもここにいたい」の、矛盾する2つの気持ちだった。