こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

『そのいじめ、もしお母さんが知ったとしたら』

 私のお母さんは、いつも冷静で、寛大で、取り乱しているところなんて見たことがない。

 

 教室に入れなくなり、必要に応じて、相談室に短時間登校していた頃。中学校の廊下に、たくさんのポスターが貼ってあった。小学生の頃、私は環境委員で、こうして校内にポスターを貼るのが仕事だった。だから見覚えのある内容のものもある。交通安全ポスターコンクールの募集要項。手洗いを促す、保健委員会からの注意書き。親しみやすさや見やすさの欠片もない、『廊下は走るな』。

 その中の一つに目が留まった。単純に、サイズが大きかったから。

 そこには、「お母さん」と思しき女性が口に手を当てて泣き崩れている写真がプリントされていた。そして、その横に書いてあったのだ。

『そのいじめ、もしお母さんが知ったとしたら』

 きりきりと、どこかで付いた傷の痛みが再燃した。根本の見当はすぐについた。

 小学1年生の頃、親友だった亜美ちゃんから受けたアレ。

 いじめ、と呼んでいいのかはわからない。でも、私の中では確かに存在した傷だった。

 あの時。

 ポスターの前を素通りしながら思う。隣を歩いているお母さんが、そのポスターを見ていないことを祈りながら。

 自分のことで手一杯だったあの時、お母さんがどう思っていたかなんて、考えたこともなかった。でも、もしかするとこうして、自分を責めたことがあったのかもしれない。その時に初めて、そう気が付いたのだ。

 あのポスターが、一体誰に、何を抱かせるためのものだったのかはわからない。今考えれば、あんなものを見たら余計に親にいじめを打ち明けにくくなるだろうに……と思うけれど、立ち止まって凝視していたわけじゃない。もしかすると大事な何かを見落としていたのかもしれない。

 相談室に登校するたび、帰り際にそのポスターと目が合った。隣にいるお母さんを極力意識しないようにする。

 でも、ポスターの中にいる「お母さん」が、彼女の辛そうな姿が、いつかの母に重なるような気がしてならなかった。

 お母さん。

 私は、あなたを傷付けてばかりだった気がするよ。