こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

コロナがもたらした予期せぬ恩恵

 コロナウイルスは私たちの生活に大きな支障をきたし、たくさんの命を奪った。

 でも、皮肉なことに、コロナ禍になったことで受けた、予期せぬ恩恵もある。

 

 それは、マスクとセルフレジとオンライン、そして休校だった。

 不安障害の私は、小学生の頃からクラスで一人だけ、毎日マスクを着けて登校していた。顔を隠すことで、少しでも安心を得ようと考えた末の行動だった。風邪を引いているわけでもないのに一年中マスクを着けていた私は浮いていた。当時の写真を見ても、マスクを着けている子は私だけ。

 それがコロナ禍になって、マスクの着用が義務化された。外に出れば、マスクを着けていない人の方が目立つようになったのだ。

 そしてセルフレジ。場面緘黙症の私にとって、買い物はハードルが高かった。お会計で必ず、店員さんとやり取りをしなければいけないからだ。

 コロナ禍で人と人との接触が極力軽減される中、圧倒的にセルフレジが増えた。中には完全なセルフレジではなく、お金を支払うところだけ無人になっている「半セルフレジ」もよく見られたが、それでも負担は大きく減った。

 さらに、コロナ禍で最も大きく発展したのは、オンラインだろう。高校は、月に2回ほど、オンライン授業が実施されていた。中2の冬から、電車とバスを乗り継いで通っていた2か所目の病院は、コロナ禍で電話診察を推奨するようになった。母が先生と電話で近況を話すだけで、薬が処方してもらえる。長い待ち時間も、交通費も、緊張も、すべてを手放すことができた。

 最後に、休校。コロナウイルスという名が世間に浸透する前、全国の学校が一斉休校になった。私は不登校児だったので、その方針を歓迎した。家族全員が家にいる。まるで、みんなが「自分の方」に来てくれたみたいで、陰ながら嬉しかった。マスクを作り、家で勉強をし、それでも暇つぶしに塗り絵をしたり、人気のない住宅街をお散歩したりした。コロナがもたらした、ゆっくりと流れた時間だった。

 もしコロナがなかったら、亡くなった命も中止された行事も、それぞれの元に戻ってきただろう。

 でも、コロナがあったからこそ、発展したものや、救われたものがあるのも事実なのだ。私は、それに助けられた一人だった。