
元々料理は好きだった。その延長線上で、お菓子作りを始めた。
一日中家にいる生活を続けていると、とにかくすることがない。
けれど本当は、何かをしていないと、自分が止まってしまうようで怖かったのだと思う。
だからお菓子作りを始めた。
作るものは、何だってよかった。時間を潰せて、満足感が得られて、家族に喜んでもらえるなら。
秋の始まりには、紅玉を買ってもらい、アップルパイを作った。

クリスマスには、チョコレートのデコレーションケーキを作った。

バレンタインには、大量のクッキーを焼いた。

他にも、チーズケーキ、かぼちゃのタルト、シュークリーム、スイートポテトパイ……。多い時は、毎日のように何かお菓子を作っていた。オーブンの前で、生地が膨らんでいく様子を食い入るようにじっと眺める。それだけで、満足感でいっぱいになった。
家事と違ったのは、そこに義務感を持たなかったことだ。好きだから作る。作りたいから作る。そこには義務も、焦りもなかった。私がお菓子を作り続けることを咎める人も、私がお菓子を作らないことを責める人もいなかった。それが心地よかったのだ。人間は、やらなくてもいいことの方が長く続くんだな、と実感した。私が逃げた、義務である学校や部活を想って。
お菓子を作ることで、そこに自分の存在意義を、家の中での役割を保っていた。
甘い香りに包まれた台所は、学校にすら行けない自分が「ここにいていい」と思える、数少ない居場所だったのかもしれない。