こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

絵を描く

 中学3年生に進級した私は、相談室で新たな担任の先生と会っていた。

 春、担任の先生に提案されたことがある。

 「絵を描いてみないか」ということだった。

「こころさんが描いた絵を、教室に飾りたいんだ」

 絵。先生に言われたことを、心の中で復唱する。絵を描くのは好きだった。でも、上手いという自信はない。「好き」という感情を易々と通り越せるほど、「上手じゃない」という思いが大きかった。小学生時代にクラスにいた、作品展に選ばれるような、誰が見ても上手いと思うような絵を描いていた子を思い出す。その子の隣の席で、萎縮していたいつかの自分自身も。教室に飾れるような絵なんて、私に描けるだろうか。

 そんな不安が膨らむ中でも引き受けたのは、単純にすることがなかったからだ。

 

 中学生最後の一年をかけて、合計8枚の絵を描いた。

 6月。虹とあじさい。

 7月。星月夜。

 9月。月と海。

 10月。トワイライトの観覧車。

 11月。紅葉の並木道。

 12月。クリスマスツリー。

 1月。初日の出。

 3月。桜。

 

 それぞれのほとんどに、文字を添えた。たとえば、6月の虹とあじさいの絵には「No rain, No rainbow」=「雨が降らなければ、虹は出ない」と書いた。英語であることがほとんどで、私は一年中、使えそうな英語のことわざを探していた。絵にはなるべく、クラスメイトたちへの思いを乗せた言葉を添えるように意識していた。1月の受験シーズンには、「Every day is a new day」=「毎日が新しい日」と。それは、私自身に言い聞かせるための言葉でもあったのだ。

 絵を描き、それを学校に持って行き、担任の先生が教室に飾る。夜に、真っ暗闇の学校内をかいくぐって、教室まで飾られている自分の絵を見に連れて行ってもらったこともある。初めて入る自分のクラスは、当たり前だけど人がいなくて、がらんとしていた。誰か一人でも人がいたら、絶対に入れなかった。

 教室の後方に飾られている絵は、思っていたより他の掲示物に馴染んでいた。これを毎日顔も名前も知らないクラスメイトたちが見ていると思うと、恥ずかしさと喜びが同時に押し寄せて来た。

 次第に私の元に、絵の感想が届くようになった。家でも閲覧できる、デジタル日直日誌の備考欄にクラスメイトたちが私へのメッセージを書いてくれるようになったのだ。

『私は7月の絵が好きです』『僕は9月の月が……』

 同じ幼稚園だった、幼馴染の男の子が『こころちゃん』と書いてくれた時は、あまりにも嬉しくて泣いた。年頃の男の子が、まさか幼稚園の時と同じ呼び方で、私を呼んでくれるとは思っていなかったのだ。その一瞬だけ、時が戻ったようだった。私は、日直日誌を読むのが、毎日の楽しみになっていた。

 

 自信がないながらも描き始めた絵は、私にクラスにいる意味をくれた。