
ほとんどの生徒が参加する、いわゆる「普通の卒業式」に出られない私は、それが終わった後にひっそりと行われる「小さな卒業式」に出ることにした。
学校に入る時、校門の前で式を終えた卒業生たちが写真を撮っていた。混雑しているその様子にたじろいで、動けないでいる私を母が無理やり手を引いて行く。こっそりと、誰にも気付かれないように。
だけどその時、「こころちゃん?」と卒業証書を手にした、元バスケ部の子たちに声をかけられた。彼女らは、ひさしぶりに会う私を、興味深げに見ていた。恐怖に固まっている私を見て、母が私の腕を引っ張った。彼女たちから逃げるようにして、学校内に入った。
「小さな卒業式」は、図書室で行われた。まばらに並べられた椅子が、10脚近くある。私が到着した時には、まだ誰もいなかった。恐る恐る、一番後ろの椅子に座る。いずれ、他の生徒や先生たちがやって来ると思うと、入り口の方ばかりを気にしてしまう。母は、私より後方の保護者席に座るために、別れた。そうなって初めて、自分が中学時代の3年間、いかに母親と離れずに生きてきたのかを実感した。
母が隣にいないと、こんなにも不安が増す。
やがて、私と同じような、不登校の生徒たちがやって来た。中には知っている顔も何人かいたが、会釈することすらなかった。まるで知らない人同士であることを、演じなければいけないようだった。それほど、その場の空気は重かったのだ。とても、晴れの日とは思えない。
「小さな卒業式」に参加したのは、私を含め8人ほどだった。そのほとんどの顔をしっていた。同じ小学校だった子たちばかりだ。
式が始まろうとする、次の瞬間。図書館の入り口の方から、先生たちが入って来た。
その様子を見て、驚いた。
聞いてない。
心の中で、警鐘が鳴る。
聞いていない。
こんなに人が来るなんて。
3年生担当の先生方が、正装をして、妙に改まった様子で入って来る。不登校の生徒を受け持つ、担任の先生たちだけじゃない。全員で、10人くらい。
これ以上大きくならないと思っていた緊張の風船のようなものが、嘘みたいにどんどん大きくなっていく。
どうしよう、このままじゃ、破裂してしまう。
パニックになりそうだった。私は、後ろを向くことも、前を向くこともできなかった。母の姿を確認したいのに、首がかっちり固定されたように動かない。
彼女に、訴えたかった。
「小さい卒業式」ではなかったのか。
担任の先生と一対一でやり取りすることしかなかった私にとって、先生たちの集団というものに怖気づいてしまったのだ。
図書室の右に一列、先生方が並んで座り、「小さな卒業式」が始まった。私は右から向けられる視線が気になって、全く落ち着かなかった。
式中、ずっと体が震えていた。そして震えながら、何とか卒業証書を受け取った。校門前で、彼女たちが手にしていたものを、ようやくこの手で受け取ることができたのだ。
それは、長く苦しい中学校生活を終えることができるチケットのようだった。