こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

場面緘黙症の私ができたことと、できなかったこと 中学生編

 場面緘黙症の私ができたことと、できなかったことがある。今日は中学生の私の日常を書こうと思う。

 まず、できたことは、家の中でお菓子を作ったり、料理をしたり、絵を描くことだった。家族と外出することはできたけれど、そこに第三者がやって来ると緘黙状態に入ってしまう。特に誰とも関わらない、買い物や旅行くらいなら家族について行くことができた。逆に言えば、家族がいなかったら、完全な引きこもりになっていただろう。

 そしてできなかったことは、一人で外出すること、学校に行くこと、家族以外の人と話すこと、自由に動くこと、電話やインターフォンに出ることだ。普通の日常生活を送れなくなるくらい、病気は私の中に介入してきた。

 一人で外出することができないので、当然学校にも行くことができない。祖父母やいとことは辛うじて話すことができたけれど、それ以外の人とは本当に一言も話せなかった。目を見ることもできなかった。いつからか、緘動がやって来て、ナマケモノのように大袈裟なほど、ゆっくりとしか動けなくなった。いくら「動かなきゃ」と思っても、体が動かない。声が出ないことは何年も経験してきたので多少は慣れていたけれど、体が動かないという現象は、自分でも到底理解できなかった。きっと、自分の身を守るために脳が勝手に命令したことなのだろうけれど、それがかえって生きづらさに繋がっていた。

 家に一人でいると、たまに電話やインターフォンが鳴った。ソファの影で亀のように丸くなって、震えて、動くことができなかった。何秒も、何分もそうして、配達員が帰るのを待っていた。2回ほどインターフォンが押されて、階段を下りていく気配がする。そして、車のエンジンがかかる音がする。車の走行音が消えて、辺りがしんと静まり返っても、私はまだ動くことができなかった。

 何で。何で家に宅配便が来ただけで、こんなに怖くなっているんだろう。動けない自分が、情けなかった。

 私は、他人と接する時、息をしていないような苦しさを覚えるようになっていた。

 

 これが、中学生時代の私の日常だ。