
4月。私はめでたく、高校生になった。だが、心情はめでたくない。周囲に促されるまま高校生になり、どうせ高校も、途中で行けなくなって退学でもするのだろうと、不貞腐れたように思っていた。
H学園には体育館がないので、入学式や卒業式は公共のホールを貸し切って開催された。
1年A組から、D組までの、全4クラス。1クラス25人程度だった。A組だけ「総合クラス」で、それ以外はSTクラスという、中学時代不登校だった子たちが集まるクラスだった。私は1年C組に配属された。
私は高校生になって、気付いたことがある。それは、私の本心はずっと、青春を夢見ていたということだ。同時に、放って置くと勝手に芽生えてくる期待や希望を、必死に押し殺していたということも。新たな世界に対して希望を抱くことは、やがてより大きな絶望が迎えに来ることだと、本気で信じていたからだ。
3年前と同じようなことには、絶対になりたくなかった。だから、学校に通おうと思うのではなく、あえて期待と希望を潰して入学した。
でも、予想に反して、私は毎日学校に通えるようになった。最初こそ、学校や途中の駅まで母や兄に送ってもらっていたけれど、それも最初だけだった。一人で電車にすら乗れなかった私が、自転車に乗り、電車を乗り継ぎ、学校に通っているのだ。これは誰だろうか……と思うほど、嘘みたいな現実だった。
学校にいる人たちは、「わかってくれている」と、心から思えた。ここになら、身を置いても大丈夫だ。わかってくれる人がいる。高校見学の時に、母が抱いていた感情を、時を経て実感した。
それでも、入学当初は、誰に見張られているわけでもないのに、学校に通える喜びを、そのまま受け取ることが怖かった。いつ崩れるかわからない「日常」を軽視しないように気を張り続けた。必死で築き上げた「日常」が呆気なく崩れてしまうことを、よくわかっていたから。
恋愛も友情も、すべて捨てたつもりだった。それなのに、私はまだ、どうしても友情に期待して、友情に飢えて、青春を夢見ていたのだ。あんなにも、傷付いたのに。
学校からの帰り道、気を抜いたら口角が上がりそうで、でも、そんなことが嬉しかった。