
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「プレゼント」。
13歳の私から、お便りが届いています。
小学校も、中学校も、私は一人でした。俗に言う「ぼっち」というやつです。どのグループにも属さず、ずっと一人で行動する。自ら好んでそうしていたわけじゃないけれど、話すことができない私は友達に声をかけるなんて相当ハードルが高かったのです。
あまり笑うこともなく、喋ることもないような人となんか一緒にいたくないと思うのは当然でしょう。けれど私も、友達が欲しかったんです。毎日ずっと一人で行動して、体育でペアを組むと必ず余って、文化祭も一人で回りました。修学旅行の電車内で楽しそうにカードゲームをやっているクラスメイトたちが羨ましくてたまりませんでした。
どうしたら「いい子」になれるのかわからずに毎日泣いていました。元々私は集団生活が苦手で、群れの中に存在していたくなかったのです。自分の中でちゃんと意見も持っていたけれど封印して、自分の気持ちを押し殺して、「いい子」になろうと努力もしました。でも無理だったんです。
あの頃の私にとって、音楽は特別でした。他人と関わらないので、音楽に認めてもらえることが嬉しかったのです。まるで気の合う友達を探すかのようにたくさんの曲を聴きました。曲を聴いている時間だけは、一人じゃないような気がしていました。
そして出会ったのが、SEKAI NO OWARIの「プレゼント」です。
『ひとりぼっちになりたくない ここにいてよ その言葉言えなくって心閉ざさないで
ひとりぼっちにさせないから 大丈夫だよ その言葉返せるように強くなりたい』
この歌詞を書いたSaoriさんは「中学生の自分に向けて書いた」と言っていました。当時そのくらいの歳だった私は、未来の自分から話しかけてもらっているような歌詞に何度も救われたのです。
『今君のいる世界が辛くて泣きそうでも それさえもプレゼントだったと笑える日が必ず来る』
私はこの言葉を信じて、生きる希望が見えました。そんな日、訪れるかなんてわからないのになぜか大丈夫な気がしてくる。今真っ暗な道を歩いていたとしても、その分未来を照らしてくれる光が倍になるはずです。いつか「あの日々はプレゼントだった」と笑える日がやって来ることを信じて、私は今日も生きます。
『ひとりぼっちになりたくない ここにいてよ』
それは、私が出せない声に代わる音でした。