
漢字検定は、真冬の土曜日の学校で行われた。
私は、夏の一斉試験で3級を取得したので、今回は準2級を受験した。
朝登校すると、昇降口に同じクラスの春乃ちゃんが立っていた。私を待っていてくれたのだ。
漢検の少し前、保護者の茶話会で、春乃ちゃんのお母さんと私の母が話をしたという。いつもの教室ではなく、受験する級ごとに違う教室、違う机、違う人たちと受けることに不安を感じていた私のことを、母が話した。するとそこにいた春乃ちゃんのお母さんが、「じゃあ当日、春乃に席まで案内させるよ。昇降口で待ってるから」と言ってくれたらしい。
言われた通り、春乃ちゃんは寒い風が通る昇降口で、私を待っていてくれた。そして指定された座席まで、私を案内してくれた。彼女は2級を受験するので、会場の教室は違うのにも関わらず。
無事漢検が終わり、また昇降口に戻った時だった。
「ねえ、よかったら、駅まで一緒に帰らない?」
背後から、春乃ちゃんの柔らかな声がした。
「え」という声が、喉に詰まった。
私と?
全く話すことができない、おまけに動きも遅い私と?
信じられない気持ちだった。
いつか私も、お友達と一緒に帰れる日が来るのだろうかと、駅へと向かう道で、肩を並べて笑い合いながら歩いていく子たちの背中を、いつも羨ましい気持ちで見送っていたから。私には、きっと一生縁のないことだと思っていたから。
まさかそんな日がこんなに早く訪れるなんて、思ってもみなかった。
断る理由はなかった。私は、頷いた。
春乃ちゃんは、私の歩くスピードに合わせて、ゆっくり歩いてくれた。
彼女のお母さんと私の母は何度か実施されている保護者会で知り合いになっていたし、春乃ちゃんは集団行動が苦手なため、体育をすべて見学していた。休み時間もいつも本を広げていて、頭もよかった。
同じ1年C組の中で、一番共通点があるように思えていた。もしかすると、彼女もそう思っていたから、こうして誘ってくれたのかもしれない。
春乃ちゃんは一方的に、ずっと話し続けてくれた。私が答えられなくても、そんなの気にしないように。でも、私を置いて行くような話し方はしない。それが不思議だった。内容は、葵と同い年の彼女の弟の話とか、通学路から見えるマンションのベランダに干されている洗濯物の話とか、様々だった。私は、春乃ちゃんの話を聞いているのが楽しかった。そして何より、お友達と帰っている自分という事実が、くすぐったいほど嬉しいものだった。
あの日から、時々春乃ちゃんと一緒に帰るようになった。
あの日、初めて『誰かと帰る道』を歩いた。
それは、たった数十分の帰り道だったけれど、私にとっては世界が少しだけ広がった日だった。