
小中学校の家庭科で、「みんなで食べるごはんは美味しい」と習ったことがある。
けれど、それができなくなった。高校2年生の春だった。
会食恐怖症を知っているだろうか。
会食恐怖症とは、人前で食事をすることや、レストランなどで食事をすることに強い恐怖を感じる症状のことを指す。
私の場合は、社交不安障害の延長線上で会食恐怖症を発症した。
きっかけは、2年生に進級したのと、コロナ禍が収束し始めたからだった。
クラス全員、前を向いて黙食を強いられ、それに従っていた1年生の時とは違い、2年生のクラスではみんな、仲良しの子の机に集まり、向かい合ってお弁当を食べていた。まだクラスに馴染めていない私は、机を動かすこともできず、一人で座っていた。
2年生に進級したことで、クラスの雰囲気は大きく変わった。そもそも登校してくる人数が去年の倍くらい違う。教室はいつでも騒々としていた。
みんなの視線が、自分に向いているような気がしてならなかった。お昼の時間だけ、中学生時代に感じていた、視線恐怖が再燃した。
怖い。
お弁当を開いて、お箸を持つ手が冗談みたいに震えていた。わかめごはん、卵焼き、からあげ、ミニトマト、ぶどう。母が作ってくれたお弁当に目を落としながら、「食べなきゃ」と思う。休み時間が過ぎていく。そう思うのに、震える手は、動かなかった。ここで口を開けてお弁当を食べることが、たったそれだけのことが、怖くてたまらなかった。仕方なく、机に置いていた水筒に手を伸ばし、蓋を開けるけど、やっぱりそこから腕や顔が上げられない。
怖いことなんて何もない、はずなのに、全くごはんが食べられない。
飲まず食わずの状態で、一日を終えることが増えた。それを見兼ねた母が担任の菊池先生に相談し、私は保健室の奥でお弁当を食べるようになった。
お昼休み、お弁当と水筒を抱えて教室を出る。教室は3階、保健室は1階だった。お弁当を持ち寄りながら、笑い合っている生徒たちを横目に、時間をかけて保健室まで歩く。
保健室の斎藤先生は、毎日やって来る私をいつも優しく迎え入れてくださった。保健室の奥で、壁に向かってお弁当を食べる日々が続いた。
外からは、楽しそうにはしゃぐ生徒たちの声が聞こえていた。