
H学園は、毎年栃木県に体験学習という名の宿泊行事に行っていた。
去年はコロナの影響で宿泊行事は中止になったが、今年はついに実施されるという。
宿泊行事というものに参加するのは、小学校の修学旅行以来、実に5年ぶりだった。
元々、2泊3日の体験学習だったが、私は3日間も緘黙、緘動状態で過ごすことが厳しいので、2日目の午前中に、両親が栃木まで車で迎えに来てくれることになっていた。
行きのバスの中、私は首を動かすこともできずに、3時間ずっと車内の時計を眺めていた。他の生徒は各々、おしゃべりをしたり、お菓子を食べたり、窓の外を眺めたり、眠っていたり、スマホを見たりしていたけれど、私の体は固まって、とてもそんなことできなかった。
ただじっと、一点を見つめ続ける。サービスエリアで降りて、お手洗いに行くのだけでも一苦労だった。
「体験学習」なので、当たり前だけれど何らかの体験をしなければならない。私が選んだ1日目の体験は、和楽器だった。
お琴や尺八を講師の先生から教えてもらい、体験するメニューだったが、私は体を動かすことができないので、一人だけ部屋の隅で座って見学していた。硬いお座敷のような場所に何時間も座っていると、お尻が痛くなった。それでも動くことができない。窓の外からは、急に雨が降って来た。次第に雷も鳴り、一時停電をしたほどだった。生徒たちが騒ぐ中で、「この嵐はまるで私の不安を具現化したものだ」と感じていた。
ごはんやお風呂もみんなと一緒にできなかった。食事の時間になると、みんな食堂に向かうけれど、私は一人部屋に残り、先生がわざわざ配膳してくださるのを待っていた。お風呂も、全員が入り終わってから、一人で入浴するのを許可してもらえた。
2日目の未明。疲れより緊張が勝って、午前1時に目が覚めた。それからずっと、5分ごとに時計を見ながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。強い冷房の風を頬に受けながら、布団の中で何かに耐えていた。「何に」耐えていたのかはわからない。私の頭の中にある言葉では到底当てはまらない、胸を締め付けるような息苦しさが存在していた。呼吸ができないわけでもないし、どこかが痛いわけでもない。ただひたすらに、心臓でもないこころのどこかが収縮して、それが苦しみとしてずっと胸の中にあった。夜が明けるまでの、いつもなら時空が歪んでいるくらいの数時間が、とてつもなく長く感じた。
やっと2日目が来て、朝ごはんを部屋で食べ、バスに乗って次の体験場へと向かった。そこで、両親と待ち合わせする予定だった。
1日ぶりに両親に会えた時、安堵で泣きそうになった。たった1日なのに、その1日があまりにも濃すぎて、もう何週間も会っていないような気がした。
これで、やっと解放される。私の思考は「お別れだ」じゃなくて、「解放される」だった。
手を振る友達もいないまま、車に乗った。せっかく栃木まで来たので、お昼は餃子を食べた。さっきまでの場面緘黙症の症状は、完全に消えていた。
小学校の修学旅行以来の宿泊行事。体験学習は、本当に大変だった。大変だったとしか言いようがないけれど、大変だっただけで済ませてしまうのが悔しいくらい、大変だった。