こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #3『Dragon Night』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「Dragon Night」。

 15歳の私から、お便りが届いています。

 

 

 先日、外国で戦争が始まりました。毎朝ニュースを付ける度に何人が亡くなったのか、どんな爆撃を受けたのかとニュースキャスターが感情のない声で読み上げています。泣き崩れている人々や街中に響く銃弾の音が平和な朝に映し出されているのです。

 それを見ながら私は不思議な気分に晒されていました。自分が世界情勢を意識するようになって初めて見る戦争でした。地下壕で暮らす家族や亡くなった我が子を抱えて泣き叫ぶ両親。これは果たして同じ世界の話なのだろうか。私が生きてきた世界はとてつもなく平和で、家が爆撃で吹っ飛ぶことも家族や友人が殺されるようなことも経験したことがなかったのです。

 終わる気配のない痛々しい戦争に、私は何かできることがないか考えました。子供の自分の力じゃ、直接的に戦場の人々を救うことなんてできない。だからせめて、画面越しに感じた戦争を絵に描きました。思ったことをそのまま、こうして文字に起こしてみました。こんなことでこの戦争に何の関わりもないのはわかっているけれど、ただの自己満足でも、何かしていたかったのです。

 これは、同じ世界の話だ。生まれて初めて見る無残な戦争の現実に少なからず私は何らかの刺激を受けました。

 あの亡くなった少女は、私だったかもしれない。

 「Dragon Night」という有名な曲には、こんな歌詞があります。

『人はそれぞれ正義があって 争い合うのは仕方ないのかもしれない

 だけど僕の嫌いな彼も彼なりの理由があると思うんだ』

 私がこの曲に出会ったのは戦争が始まるよりもずっと前のことだけれど、戦争が始まったというニュースを見て最初にこの歌詞が浮かびました。

 戦っているどちらの国にも、それぞれにやむを得ない理由がある。大事なのは、お互いにそれをわかり合うことです。自分の正義が相手を傷つけているかもしれないと思うことができれば、少しは世界が優しくなるはずです。

『人はそれぞれ正義があって 争い合うのは仕方ないのかもしれない

 だけど僕の正義がきっと 彼を傷つけていたんだね』

 

 早く、戦争が終わりますように。

 

 

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