
卒業式というものに参加するのは、小学生以来だった。春の匂い、卒業生たちの笑い声。何度迎えても懐かしさの感じない、息の詰まるような雰囲気。それでも逃げたらダメだと、何とか今日まで命を繋いできた。
寂しさなのか、感慨なのか、涙を流す卒業生を見て実感していた。来年は、自分がその立場になるということ。今日、まるで1年後の自分たちに触れてしまったようで、非現実的な謎の浮遊感が今の私を包んでいる。
どう足掻いても、抗えない制限時間。不安や名残惜しさが大半を占めていても、未来に羽ばたいていこうという前向きな気持ちを抱いて1年後の卒業式を迎えるには、これからどうすればいいのだろう。体験学習も、スポーツ大会も、文化祭も、全てがあと一回ずつしか訪れない。永遠にここにいられるような気がしていた今までとは違い、本当に卒業する日が近づいていることを痛いほど実感している。
確かに存在したここでの温かい時間や優しい人々は、失われるのではなく、記憶の中に保管するようになっただけ。取り出そうと思えば、いつでもここにあるのだと、そう安心して旅立ちたいのに、今の私にはまるでできそうにない。
これから始まる最後の1年間を全力で生き切ることができれば、意外と自分の卒業を素直に受け入れることができるだろうか。今の私にできることは、考えるだけで疲弊するほど責任重大で忙しい未来を見据えて、行動していくことしかないのだと思う。
来年の私は、きっと泣くし、恐怖に憑りつかれることがあるかもしれない。今はどうしても、主役になった自分たちを想像しては、不安で蹲ることしかできなかった。
私は、今いるここが、とても幸せな場所であることを知っている。
だって世界は、ここよりもっと、もっとずっと、残酷であることを知っているから。
だから、ここにいたいの。