
高校3年生の時、文学国語の授業で「短歌と俳句を創作しよう」というものがあった。その前に偉人たちの遺した短歌や俳句を学びながら、私は創作授業を密かに心待ちにしていた。
高校に入学してすぐの時も、ゴールデンウイークの課題で「俳句を作ってみよう」というものがあった。その際にいくつか俳句を創作して、楽しかった記憶があったからだ。
けれど残念ながら、授業数の関係で「短歌と俳句を創作しよう」の授業が行われることはなかった。代わりに、プリントに書き込んで定期テストの際に提出する、ということになった。
与えられたテーマは、「蝶」、「犬or猫」、「歩くor走る」、そして自由テーマの計4つ。いずれも、短歌でも俳句でもよかった。
駅までへと歩く道、通学路の途中にある公園のベンチ、電車の中、自分の部屋。色々な場所でテーマを嚙み砕くように考えた。せっかくなら、読み手である先生に感動してもらえるようなものがいいな。私にしか詠めない詩。何だろう……。
短歌と俳句を作る過程は、想像以上に楽しいものだった。試行錯誤した結果できた短歌たちは、こんな作品になった。
テーマ、「蝶」。
『ひらり舞う あの一枚(ひとひら)は 幻か きみとわたしは 尊き命』
テーマ、「犬or猫」。
『白い霧 露命を終えし 捨て猫や 我らの罪を 決して許すな』
テーマ、「歩くor走る」。
『夢はただ 君と並んだ 帰り道』
自由テーマ、「試験勉強」。
『西日差す 小庭に実る ミニトマト それはそうとて ペンをば握れ』
プリントをノートに貼りながら、心が満たされていく気分だった。
ああ、私、素敵な言葉に出会えたわ。
その他にも、創作する過程で色々なテーマの詩ができた。いつか、この子たちも日の目を浴びる日が来るといいけど。そう思いながら、スマホのメモ機能の中に書き溜める。
後日、定期テストが終わって返却されてきたノートに、文学国語の先生から赤ペンでコメントが書かれていた。
「素敵な歌がたくさんで素晴らしいです!」
この課題をきっかけに私は、短歌や俳句で自己を表現できることを学んだ。恥ずかしがり屋の私には、読み手に伝わるか、伝わらないか、その際どさが心地よかった。
あれから私は、日常の美しさを、自身の苦しみを、短歌に綴るようになった。文章と同じ、私にとって短歌や俳句は、大切な自己表現方法だ。