
うつ病は、本当に怖い病気だった。
私を、殺してしまおうとする。脳を乗っ取って、自然と死へ意識を持って行く。「もういいや」「もう無理だ」と、投げやりな気持ちになる。思い切り力を入れて、ここに踏ん張り続けなければ、私は簡単に消えてしまいそうだった。
気が付けば、外でも家でも、「死にたい、死にたい……」と無意識に呟くようになった。それが異常だとわかっていながらも、逃げることはできなかった。今ここで逃げたら、不安なことと一緒に、希望も捨ててしまうことになるから。これまで、私が必死でかき集めてきた希望たちを、絶対に失いたくなかったのだ。だから学校にも、無理に行き続けていた。
時に、すべてが嫌になる瞬間が訪れる。もしそれが世界を厭悪する一瞬に過ぎないとしても、時折訪れるその瞬間は、生きることを諦める理由に相当した。
死にたいという感情は、誰にも言うことができなかった。今まで何でも相談してきた、一番信頼している両親には、「死にたい」なんて絶対に言ってはいけないと思っていた。私を産んで、育ててくれた人に向かって「死にたい」と言うのは、あまりにも残酷なことのように思えたから。私は子供を持ったことがないけれど、どこまでも膨らむ想像力を働かして、その結論にたどりついた。
そして一番症状が酷い時は、後から自然と記憶がなくなっている。
「物凄く辛い、苦しい。地獄のようだ」なんて言葉では生温い。
一番辛い時の記憶がないため、以下は誰よりもそばで看病してくれた母の見解である。
うつ病は、まるで高熱にうなされ続けるようだった。
私の前に、「うつ」という靄がかかると私は視界も音も遮断され、母は私と話ができないという。
私もきっと、何かに覆われて、そこから外の世界へ逃げ出せない。
そうなると、私が外から見えなくなる。
苦しみのあまり、「うー、うー」という声が漏れる。それは意図的ではなかった。思いの外元気だと思った一寸先には、もう唸り出す未来が待っている。
一言でいえば、「人格を乗っ取られる」病気。感覚も意思も乗っ取られて、それを取り戻そうとすればするほど苦しい。本来の自分を押さえつけられている私には、外からの声が届かない。意思疎通もできなければ、本来の私もまったく出てこない。
私に話しかけているのに、靄があって届いているのかわからない。
分厚い袋のようなものをかぶせられて、「助けて、苦しいよ」と叫んでも、相手にも届かない。外側からも「どうしたの。何をして欲しいの」と訊かれても、答えることはできない。
症状が少し落ち着くと、靄のようなものが薄くなるのか、まだらに私が見えてくるらしい。でもしばらくして辛くなってくると、また曇って来るのだ。
うつ病は、物凄く体力を使う病気だった。今まで生きてきた中で、間違いなく一番の苦しみだった。