
高校生になって、不登校から脱出した私が、憑りつかれたように勉強に励んでいたのも、中学生の時の家事と同じ理由、つまり罪滅ぼしだ。私は部活に入ることもできなかったし、行事で活躍することも、生徒会に入ることも、委員会で役員に立候補することもなかった。クラスメイトたちはみんな、何かしらの特技や、「普通」の学校生活を送る自由を持っている気がして。私には、そのどちらもないんだということを、高校生になって痛感したのだ。だから、何もできないからこそ、与えられたことに全力で取り組もう。そう考えて、必死に勉強した。だって私は、何もできないんだから。
勉強をすることは嫌いではない。それは本心だ。
ただ、「好き」という気持ちだけで動いていたわけでもない。考えたら、私が勉強をするもう一つの理由は、過去に眠っていた。
小学生の時。話せない私に「ちゃんと目を見て話しなさい」と叱る先生がいた。また別の先生には、「もっと大きな声で音読して」とか、「挨拶ができないのは恥ずかしいこと」とか、声に関する指摘を何度も受けた。友達にも、「何で話さないの?」と聞かれたことがある。あまりにも話すことができない私に腹を立てたのか、「ちゃんとやってよ」と怒られたことだってある。私は、そのたびに、とても悲しかったのだ。「声が小さい」と言われ、声を出すこともできなくて変な空気になってしまうたびに、小学生の私はあまりにも悲しくて、怖くて、涙を堪えることで必死だった。
今、別に彼らのことを恨んでいるとか、謝って欲しいとか、そんなことは一切思っていない。ただ、早くも小学生の時に思ったのだ。人を傷付けるのは、必ずしも悪意だけではないんだなと。私が傷付いて来たのは、いつも「無知」だった。私に病気があったこと。だから話すことが難しかったこと。それを誰も知らなかったから、私自身も知らなかったから、必要以上に追い詰められてしまった。自分に対しても、酷い言葉を放ってしまった。「無知」は、まるで鋭い刃物のようだった。
そんな経験を踏まえて、私は勉強するようになったのだ。ドラマや映画を観るようになった。色々な病気や境遇、家庭環境で苦しんでいる人の現状を知ることで、自分の中が一つ豊かになるような気がした。一見役に立つことなんてなさそうな、古代エジプトの歴史でも、古典の活用表でも、三平方の定理でも、何でもよかった。いつか、これを学んだことで、傷付けない人やものができるなら。完璧に理解することはできなくても、知るだけで、知っているだけで、「無知」とは違う方向に進むことができる。仮にこの知識を発揮する場面が訪れなかったとしても、意味のないことを頭に詰め込んだ時間や労力にこそ意味を見出すことができるはずだと。本当に大変で、苦しい経験だったけれど、だからこそ得たものはある。だから無駄だとは思っていない。ただ、今でも思い出せば涙が出たり、頭を抱えたりするほど深い傷がまだ残っているけれど。
いつか誰かに、そんな傷を付ける側に回らないように、私は勉強するのだ。
ただ、私はいつでも、病気を言い訳にしたくなかった。事実だとしても、「病気だからできない、仕方ない」って言いたくなかった。これだけ聞くとまるで偽善者のようだけれど、本心はその先にある。本当は、そう言う私のことを、「病気のせいにしなくて偉い」って、褒めて欲しかったの。