こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #7『Bouquet』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、MISAMOの「Bouquet」。

 18歳の私から、お便りが届いています。

 

 私が生きていたのは、いずれ「過去」になることが信じられないような「今」でした。「今」が永遠に続く気さえして、その中を生きるのが苦しかったのです。

 でも、未来の自分からの手紙のようなこの曲の歌詞が、少しだけ目の前に広がる「未来」を照らしてくれました。

『もし時間が戻って あの日の私に会えたら そっと抱きしめてあげよう

 What will be will be, baby(どんな未来が待ってるのかな)』

『自分を好きになれなくて 期待通りにできなくて

 涙で潤んだ世界で あなたを好きになれた』

『笑顔は作れなくても it will be fine(大丈夫)

 心が笑えるようになろう』

 場面緘黙症の私は、意思に反していつでも無表情でした。まるで、何も感じていない、考えていないかのように。

 でも本当は心の中では、たくさんのことを感じ取り、考え続けていました。本当に、たくさんのことを。

 私も、笑えるようになりたい。

 何年も、抱え続けた願いです。みんなに当たり前に備わっていることを願うのは、とても空しいものでした。

 世の中に溢れている歌詞は「笑おう」というのが一般的で、「笑顔が作れなくてもいい」というこの言葉には、笑えない私を肯定してもらったような気分でした。

『このままでいいの 私のままでいいの だから無理はしないよ

 ダメな自分も好きになれる日まで

 泣いてばかりの日々なら 優しい心が 育って 誰かを救えるはず

 そっと震える足で立って 信じる先へ 大丈夫 未来で笑っているから

 つまずいた石を並べて 磨こう 光るよ

 輝く 宝石(いし)になるよ』

 変わらなきゃいけない。ずっとそう思って生きてきました。このままの自分では、社会的に生きていくことができないことがわかっていたから。

 変わらなきゃいけない。そう焦るばかりの日々の中で出会ったこの歌詞には、泣きたいほどの優しさがこもっていました。

 私はまだ、「このままでいいの」とは言い切れず、「このままでいいの?」「私のままでいいの?」という疑問形だったけれど、その答えを求めるように、この曲を聴きました。そこには、いつでも「このままでいいの」「私のままでいいの」と言い切ってくれる言葉がありました。

『ありがとう きっと 一人じゃなくて ずっと

 あなたがそばにいたから 過去の自分も好きになれる気がする

 楽しいだけの日々なら 傷負う心に 気付けず 誰も救えなかった

 そっと 震える指握って 約束するよ 大丈夫 未来へ届けるから

 不揃いな花束ねて 作ろう 世界で 一つの My bouquet』

 この曲からは、不完全な「今」を愛す力を教えてもらいました。

 

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