
でも、どれだけ早くベッドに入っても、眠りにつけるのは午前2時。眠りが浅く、目を開けてみるとまだ午前5時だった。
時には、一晩中、一睡もできずに朝を迎える日だってあった。
朝、3時くらいに新聞屋さんのバイクの音がする。家の前で止まって、コトンとポストに新聞が投函される。その音だけが、世界にまだ誰かが生きている証のように思えた。
5時くらいになると、朝日が昇る。私は西側の部屋で、朝日が昇って来る様子を見ることはできなかったけれど、徐々に明るくなっていく世界は、私を突き刺すように痛かった。眠れない私なんかを、「今日の世界」に受け入れてくれないみたいに。
眠れないからには、色々なことをした。
寝る前にヨガをし、音楽を聴き、本を読んで、窓から遠くのマンションを覗いてみる。そこに明かりが灯っているだけで、孤独な夜に一人じゃないと、そう思うことができた。ひとつでも灯りが点いていると、それだけで少し救われた気がした。まだ、誰かが起きている。孤独な夜に、私だけが取り残されているわけじゃないと。でも、肝心の睡魔はいつまでもやって来なかった。
6月から徐々にごはんが食べられなくなり、夏休みが明ける頃には体重が3キロほど落ちていた。
身長166センチで、体重45キロ。充分な低体重だった。
母は、何も口にできない私を見て、「食べて」と懇願するように言った。「お願いだから、食べて。食べないと、死んじゃうから」その言葉が、私には「生きろ」と言っているようにしか感じられなかった。
食べたらいけない気がしていたのだ。だって、死んでもいいのに。この世に未練なんて、一つもない。むしろ逃げたい未来しか待っていない。それなのに、生きる行為をしたくなかった。
目の前のごはんから、目を逸らす。嫌だ。生きたくない。この心全体で、生きることを拒んでいた。