
大学への推薦をもらうための校長面接が行われたのは、そんな絶不調の最中だった。
重い体を引きずるようにして、何とか学校まで行く。母もついてきてくれた。
校長先生は、私が中学生だった時、校舎内を案内してくださった当時の教頭先生だった。あれから校長先生が辞め、繰り上げ形式で教頭先生が校長先生になった。
校長先生のことは信頼していたけれど、今から数十分面接なんて、とても無理だった。気を抜けば、倒れてしまいそうなほど、私は痩せ細っていたし、体力がなかった。
その訴えを聞いた担任の菊池先生は、「じゃあ、校長先生に挨拶だけして帰ろう」と提案してくれた。
挨拶、くらいなら……と思い、背中を丸めた状態で校長室の扉を叩く。真っ直ぐ立つこともできなかった。
「よろしくお願いします」
菊池先生がそう言って、校長先生に頭を下げる。これでもう終わるかと、そう思ったのに。
それなのに菊池先生は、いつの間にか部屋から消えていた。校長先生に促され、椅子に座らされる。
――そうして、校長面接が始まってしまった。
姿の見えない菊池先生を思い出して、ショックを受けていた。
騙されたのだ。
何とか一言も話せない面接を終え、学校近くのマクドナルドで母と2人で休憩していた。彼女は何か食べ物を頼んでいた気がするけれど、私は机に突っ伏して泣いていた。
私は怒っていたし、悲しかったし、何よりもう限界だった。そのことを先生方が誰も本気で受け取ってくれなかった気分だった。
母も突然面接が始まってしまったことに、驚いていたようだった。
「だって挨拶だけって、そう言ったのに」
「そうだね。まさか面接するなんて、思ってなかったよ。こころを待っている間、時間がかかりすぎてびっくりしたもん」
信頼していた菊池先生と校長先生、どちらにも裏切られた気分だった。
何で。挨拶だけって、言ったのに。
心の中で、もう一度呟く。
きっと菊池先生は、私を一度校長室に入れてしまえば、逃げられないことを知っていたのだろう。
わかってくれている、と思っていた。私は、こんなに限界なのに。どうして……。それならまだ、「今日どうしても受けないといけないんだよ。頑張れる?」と訊かれた方がずっとマシだった。
私は泣きながら、幼稚園生の頃のことを思い出していた。
ある朝、幼稚園を行き渋っていた私に、幼稚園の先生が「じゃあ今日はシールだけもらって、おうちに帰ろう」と言ってくれた。私が通っていた幼稚園にはシール帳があって、朝登園すると毎日一枚シールがもらえる。それが出欠表だったのだ。
先生の言葉に頷き、シールをもらった。そしてそのまま踵を返し、扉の方を見たその時。
――誰も、いなかったのだ。
「ママ?」と思う。「ママ、どこに行ったの?」
その様子を見ていた先生がわざとらしく笑って、「こころちゃん、遊ぼう」と言ってくるのを聞いて、やっと理解した。
騙されたのだ。
私が小さいから、大人たちは私を騙したのだ。
どこでも、いてくれるだけで安心できるママの姿を思い出す。私の気持ちを代弁してくれる、ママの姿を。
その姿が、どこにも見当たらない。
ママ、どうして……?
泣き出したい気分だった。大人たちは、なんて卑怯なことをするのだろう!それに真っ向から怒れないほど、自分が幼い子供であることが悔しかった。
「母に裏切られた」と、ずっとそう思ってきた。けれど数年後、その話をすると母はこう弁明した。
「お母さんは本当に一緒に帰るつもりだったんだよ。でも先生に、『お母さんが帰っちゃえば案外楽しく遊びますから、帰ってください』って言われたの。だから帰っただけで」
きっと、あの時の大人たちに悪気はなかった。幼い子供の記憶など、時を経れば自然と忘れ去られていくものだと本気で信じていたのだろう。まさか、あの時の傷が、大人になった私の胸に深く刺さったままだということを、誰も知らない。
マクドナルドで泣きながら考えていた。
そうだ。今日の面接は、あの時の絶望に似ていたのだ。
それ以降、学校には行けなくなり、家でうつと闘う日々が日常になった。