
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「銀河街の悪夢」。
18歳の私から、お便りが届いています。
この歌は私の歩いてきた道です。SEKAI NO OWARIの曲の中でも、一番好きと言っても過言ではないでしょう。ただこの曲は、「好き」というより文字通り「救われた」という感覚の方が似ています。
元々、小学3年生でセカオワを好きになってから、「銀河街の悪夢」という曲は知っていました。でも当時は、暗い曲調を理由に、この曲を聴くことに大した意味を持っていませんでした。
でも、中学生の頃、 家で一人、何もしない日々が続きました。昼寝をして、ごはんを食べて、昼寝をして、テレビを見て……。本当にただ何をするわけでもなく、罪悪感に押し潰されそうになりながら、時間が過ぎるのを待っていました。
自分の中の時間は止まったままなのに、世の中は変わらず動いている。きょうだいも、同級生も、みんないつもと同じように学校へ行って、友達と遊んで、勉強をしている。そのことが何よりも私自身を焦らせました。何かやらないと、と思いながらも何もできない日々が何日も何日も続いたのです。
そんな時に、私は音楽を聴きました。文章を書く気力も楽器を弾く気力もなかったから、ただ耳を澄ませて音楽を聴いていました。
ファンタジーな曲を聴いて現実逃避することもあったけれど、それよりも暗い曲を聴いていた方が多い気がします。私には、暗い曲こそがちょうどよかったのです。無理やり明るい世界に引っ張られるよりも暗い自分の世界の中でそっと語りかけてくれるような曲が好きでした。
「銀河街の悪夢」という曲は元々知っていました。歌詞も頭の中に入っていたし、何度も聞いたことがありました。
けれど絶望していたあの時期に久し振りに曲を再生すると、今まで読めなかった言葉が解ったかのように、自分の中にすーっと歌詞が入り込んできたのです。ただ聞き流していた歌詞が今の自分のことを歌っているように感じました。
『未来なんて来なけりゃみんなとのこの差も これ以上は開くことはないのにさ』
『だって昨日も一昨日も変わろうとしてたけど 今日も僕は変われないまま今日がまた終わってく』
中学生でそこまで気付き、救われたのにも関わらず、このお便りが18歳の私から届いているのは、うつ病と闘う中で、「リアル銀河街の悪夢」を経験したからでした。
18歳。私は、うつ病を発症して、数か月が経ちました。
『明日また起きたら何か始めてみよう
だから今日はいつもより早く眠りにつこう
だけど眠れなくて朝日が昇るんだ
明日はもっと自分が嫌いになるのかなぁ』
眠れずに、朝日に全身を焼かれる日。睡眠薬を飲んで、起きたら夕日が沈みかかっている日。そんな日が続きました。
『精神を安定させるアイツの魔術は
苦しみだけじゃなく楽しみも消してく
憂鬱を抑えてくれるアノ子の呪いは
絶望だけじゃなく希望も無くしていく』
薬を飲まないと命にすら関わるのに、薬を飲んだら飲んだで副作用に苦しめられる日々でした。必死であがいても、あまりにも苦しいだけで変わらない現実。その中に何とか希望を見出せるほど、私は強くありませんでした。
『明日また起きたら何か始めてみよう
だから今日はいつもより早く起きてみよう
だけど起きれなくて夕日が沈むんだ
こんなに辛い日々もいつか終わるかなぁ』
歌詞の中に含まれたどうしようもない絶望が、今の私と一緒に思えました。自分が言いたかったけれど、言葉になれなかった想いが全てこの歌詞に表れている気がしました。
『そうさ誰のせいでもなくて僕の問題だから
僕のことは僕でしか変えることができないんだ』
『明日を夢見るから今日が変わらないんだ
僕らが動かせるのは今日だけなのさ
今日こそは必ず何か始めてみよう
応援はあまりないけれど 頑張ってみるよ』
『明日を夢見るから今日が変わらないんだ
僕らを動かせるのは自分だけだろう
そんなことわかってるだろう
強くなれ僕の同志よ』
私があの泥沼から何とか這い上がってこられたのは、この曲のおかげかもしれません。私にとって、「銀河街の悪夢」が何よりの応援歌だったのです。