
ある日、ポストの中に、学校からの封筒が入っていた。授業プリントやレポートがほとんどのその中で、最後に封筒から出てきたのは、小さいグレーの封筒だった。
ソファで一日中横になっていた私は、封筒を見てむくっと起き上がった。
何だろうか、これは。封筒には、何も書かれていなかった。
深く考えず、でもこれが自分宛であることを勝手に信じて、中の紙を開いた。
そこには、菊池先生の強くてしなやかな文字が並んでいた。
文字というものは、人柄がよく現れるものだと思っている。実際私の字は頼りないし、かわいい子の字はかわいい。あんなに怖いと怯えていた菊池先生は、こんなに綺麗な字を書くのだ。彼の筆跡を知ってはいたものの、何だか意外だった。いつも、私がパニックを起こしても、顔色一つ変えない彼が、わざわざ手紙を書いてくださることも意外だった。
好きな人からのラブレターを読む時のように、ドキドキしながら手紙に目を通す。
そこに、書いてあった。
『前に小論文の課題かな?
「居場所」って言葉を使ってましたよね。
覚えてないかもだけど…
「居場所」はありますよ。
私は、いつでも待っています』
何も感じないように乾いた心が、満たされていく気分だった。
気付けば、目の淵に涙が滲んでいた。
流れていく涙を拭きながら、これは何だろう……と考えていた。まるで頭で理解するより先に、体が幸せを覚えたみたいだった。
そう、幸せだったのだ。
世界のすべてに置いて行かれ、一人きりのような気がしていた時に触れた人の温かさは、涙が出るほど嬉しいものだった。嬉しい、安心した、感動した、心が満たされた。そんな言葉を並べても足りないくらいの幸せだった。
幼い頃から、家庭を除いて私に居場所なんてなかった。家庭に居場所があっただけまだ幸せ者だったけれど、それでも子供は学校に行く義務がある。一日の大半を、何なら子供時代の大半を、その場所で過ごす。過ごさなければいけない。
私に居場所がなかったのは、間違いなく私自身に問題がある。一番の理由はきっと、話せなかったから。ここでも散々書いてきた、孤独な小学校、中学校時代を抜けて、私はもはや投げやりな気持ちで、H学園に入学した。
そこでがむしゃらに努力したのは事実だ。でもそれは、ここで努力したいと、思わせてくれた人や環境があったから。
狭い部屋の中で、今この瞬間もあの場所に、私の居場所が用意されていると思うと、絶望の淵に立っていた私にそっと、手が差し伸べられた気分だった。冷たい風に吹かれながら、ずっと待っていた誰かの手。その温かな手の先に、私の帰りを待っていてくれる人たちがいる。
私に初めて、帰る場所を提示してくれた人。
それが菊池先生だったのだ。