
10月の半ばに、文化祭を控えていた。
そして私は、10月上旬予定の入院を取り消した。
理由は少しだけ状況がましになったのと、最後の文化祭に行くためだった。
入院用に作ったバッグが、部屋の隅っこに置いてある。それを見ながら思った。
あれを片付けてしまったら、何だか苦しんでいた自分も消してしまうような気がして嫌だな。
だから入院が取り消しになっても、私はその荷物に着手することができなかった。
高校生活、最後の文化祭だ。
私は約1か月ぶりに、文化祭の準備へと学校に足を運んだ。
体力が著しく落ちているので、3日に一度、30分ほどの登校から始まった。
少しでも無理すると、また元に戻ってしまいそうだったので、母と相談してそう決めた。文化祭の準備には、毎回母がついて来てくれた。通常12分で着くはずの通学路をもう歩く体力もなく、最寄り駅からタクシーに乗った。
久し振りに訪れた学校ではみんなが優しく迎え入れてくれた。
きっかり30分の作業だった。メニューを作ったり、商品の試作をしたりしているとあっという間に時間が過ぎた。もう少しここにいたいという名残惜しい気持ちを残して、本当に30分で学校を出た。
学校から出て来た私を見て、母は、生き生きしているように感じたらしい。それほど、私にとってH学園、そしてクラスメイトの存在は大きかった。お友達は何よりの薬だったのだ。
けれどまた、家に帰るとスイッチが切れ、数日寝込むことになる。そうなってもやはり、私は学校にいたかった。あの場所に、自分の居場所を見出していた。