
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、wacciの「どんな小さな」。
18歳の私から、お便りが届いています。
私がこの曲に出会ったきっかけは、「放課後カルテ」というドラマの主題歌だったからです。
「放課後カルテ」では、なかなか認知されにくい場面緘黙症も取り上げられており、私の大好きなドラマです。
18歳の今、私はうつ病を発症したばかりで、その病気との付き合い方もわからず、進んでいく世界の中で一人だけ取り残されている気分でした。
そんな時に出会った音は、泣く気力もなくした私に寄り添うように、そばに座ってくれました。ネガティブな気持ちを正そうとする世界で、「そのままでいいよ」と言ってくれるように。私には、前を向ける元気すらありませんでした。目の前に広がる現実を見て、絶望して、座り込んでばかりでした。自分で「闘っている」と言うのすら、はばかられるくらい。
『誰かにとっては君が立ち止まって見えても
君の中ではきっと高い壁を登ってる
わかっていてもやっぱり 比べてしまう日々
悔しさがこぼれ落ちないように 見上げた窓の向こう
認めたくない自分と 僕ら戦いながら
強くなりたいと願って 懸命に生きている
仲良しが辛かったり 優しさが痛かったり
正しさに苛立ってしまったり 僕にもよくあるよ
誰も悪くはないのに 心がひとりでに
人を嫌いになってくのがこわくて 閉じ込めた
知られたくない自分を 僕ら潜ませながら
愛されたいと願って 懸命に生きている
君のどんな小さな涙にも 君のどんな小さな痛みにも
居場所があり一人じゃないこと 伝わるように
君が好きになれない君にしか 見つけられない愛もあるんだ
ずっと ずっと 味方でいるから そのまんまの君でいて』
涙が止まりませんでした。どこまでも弱虫な私のことも、「頑張って闘っている人」と呼んでくれた気がして。
この醜く悲しみに満ちた世界の中にも、私の味方はいるのかもしれない。この孤独で閉塞的な世界の中にも、私の居場所はあるのかもしれない。
この曲は私に、いつしか失っていた涙を恵んでくれました。それは少しだけ希望の色をした、美しい涙でした。
『君のどんな小さなプライドも 君のどんな小さな強がりも
そうすることで守りたいもの 気づけるように
君が抱え続けた苦しみも 君の拭いきれない悲しみも
無駄なものなんてなかったんだと 笑えるように
君のどんな小さな一歩にも 君のどんな小さな勇気にも
昨日と少し違う自分を誇れるように
君が選び歩いた道にしか 咲くことのない花があるんだ
ずっと ずっと 信じているから そのまんまの君でいて
どうか 笑っていて欲しい』
ずっと、自分が選んできた道に、自信が持てなかったんです。でも、ここに来たからこそ出会えた人たちを、私にとっての「花」を想いながら、ここが正解なんだと思えました。これで、よかったのだと。
「どうか、笑っていて欲しい」
この世界のどこかにでも、そう願ってくれている人がいるのなら、少しでも笑ってみようかな。
曲が止まる頃、頬に残る乾いた涙を拭いながら、起き上がってみるのでした。