
部屋の隅に放置しておいた入院用のバッグが、ついに役に立つ時が来た。
11月下旬の受験を何とか乗り越えて、私はF大学に合格した。
私がうつ病になったきっかけは、受験のストレスだ。そう思っていた。だから、受験が終われば、自然と良くなっていくのだろうと。けれど、12月の半ばから、また一日中うつにうなされる日々が始まった。年末年始の煌びやかな行事を目の前に、いよいよ無理だと感じ、入院を決意した。
年末が迫る寒い冬の朝、母と2人で家を出た。
母は運転ができないので、私たちは電車で病院に向かった。
初めて訪れた病院は、綺麗なホテルのようだった。事務相談、身長・体重・血圧測定などを終えて、持っていた鞄3つ分の荷物を台車のようなものに入れた。
母とは、そこでお別れになった。
私は、不安そうな顔をしていただろうか。彼女が探るようにこちらを見ていたのを覚えている。
病室に着くまで、いくつもの扉を潜った。そのたびにカシャと音を立てて開くカードキーが、どんどん私を出られないところまで閉じ込めている気がした。
通された病室は個室で、そこで荷物検査が行われた。精神科病棟なので、危険物は持ち込み禁止だ。事前にわかっていたものの、それでも小さな瓶に入った馬油は一旦回収された。
その後、担当看護師さんから一通り説明を受けて、ようやく部屋で一人になれた。ごはんも配膳されたけれど、なかなか食べる気になれなかった。
食欲が失せるほどのそんなモヤモヤの正体は、きっと明日の朝に予定されていると伝えられた人生で初めての血液検査だろう。単純な恐怖や寂しさも、胸の大半を占めていた。来てすぐに思った。早く、帰りたい。さっき別れたばかりの母が、もう恋しい。ここから一か月、知らない人たちに囲まれて生活するのだと思うと、やっぱり怖かった。
病棟には、色々な人がいた。
ずっとナースステーション前でしゃがみ込んでいる人。廊下を延々と徘徊している人。叫んでいる人。歩けば後ろを付いてくる人。
私は誰とも親しくならず、話すこともなく、入院初日を終えた。
部屋の窓は、窓の顔をしただけで、実際は鍵もつけられていない、完全なガラスだ。水族館の、水槽の中に閉じ込められた気分だった。