
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、miwaの「あなたがここにいて抱きしめることができるなら」。
18歳の私から、お便りが届いています。
私にとって、母は一番の理解者であり、友人であり、栄養をくれる存在です。それは、19年前にへその緒を切られてからも変わらず、母が元気な時は私も嬉しくて、母が落ち込んでいる時は私も悲しい。親子だろうと、感情まで混同させてはいけない。そう思いながらも、やはり心の底では、ずっと繋がっている感覚でした。
そんな母と、今までの人生の中で一番長い間別れた時。たったの2週間だけれど、その間、私は赤子のように、常に母の姿を探し、想い続けていたような気がします。
入院中、私は孤独に押し潰されそうでした。
この曲はベッドに横になり、早く帰りたいと泣きながら聴いていました。
一時帰宅した後、病院に戻る際、不安で泣く私の手を握ってくれた母を思い出しながら。
『きっと誰にも言えない辛いときは
思い出すよ あのときつないだあなたの手のぬくもり
強くなりたかった 逃げ出したくなかった
もうひとりじゃないから』
『あなたが笑って 私の隣にいてくれたら
ありふれた毎日で かまわない
自分以上に大事な人
心からそう思えるの
あなたの弱いところを知るたびに
大丈夫 強く抱きしめるよ』
ベッドの中、赤ちゃんに戻った自分が、母親からの囁きを聴いているような気分でした。
聞こえるはずの声。そこにいるはずの母の姿がどこにも見当たらない。
ここにいてよ、お母さん。
どうして私は一人なの?
『あなたがここにいて
抱きしめることができるなら
私もう他になんにもいらない
どんな時もそばにいるよ
なによりも愛しいから
あなたはあなたのままでそのままで
大丈夫 私がいるよ
数えきれない季節を越えてあなたと歩んでいきたい』
この曲は親から子への曲でもあったけれど、同時に子から親への曲でもあったのです。