
入院してから2週間近くが経過した。
入院13日目。作業療法に2回行ってみたものの、それ以降は行ける気がしなかった。見ず知らずの他人と決まった時間一緒に過ごす。それが嫌になった。いや、正確には、作業療法が嫌になってしまった自分が嫌になった。
たまに入っている看護師さんや清掃員さんに気を張りながら、いつでも意識は自宅に向いていた。
母が面会にやって来たのは、その日だった。
やっとお母さんに会える……!
「何とか大丈夫だよ」とか、「家族はみんな元気?」とか、伝えたいことは山ほどあったのに、扉の先にいる母を見た瞬間、何か保っていたものが切れてしまった。
私は泣き出し、入院生活が自分にとっていかに辛く、孤独なものであるかを話した。話すというか、母に泣きついた形に近い。
彼女は私の話を聞き、手を握って、「じゃあ、もう退院しよう」と言ってくれた。
「面会終了です」と部屋に入って来た看護師さんにその旨を話し、明日主治医の先生の診察を受けることになった。
翌日、私は先生に「うつも少しは良くなったから、家に帰らせて欲しい」と頼んだ。「やっぱり、自分にとって家族の存在は大きかったのだ」と。
診察の後、母から連絡があり、退院日が明日に決まったことを知った。帰れるとわかった途端、心底安心したけれど、もう二度とここに戻って来ることがないかと訊かれたら自信を持って頷くことはできないだろうと思った。本当にこの体調で、退院していいのかと。私は、「入院」という道すら、完走できなかったのだ。
入院する前から、なるべく早く帰りたいとは言った。なるべく早く帰って来て欲しいとも言ってくれた。私たちが望んだのは、この結果で合ってるの?
入院15日目。予定より半分の入院生活を終え、私は退院した。
久し振りに出た外は空が高く晴れていて、空気が澄んでいた。私があの水槽に閉じ込められていた間に、もう世界は年末年始を終えたことが不思議だった。
バスを待っている間、空を見上げながら思った。
ああ、自由って、いいな。