こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

退院後の鴨そば

 入院中、ずっと退院したら食べたいものをリストアップしていた。

 病院食は美味しかった。精神科病棟なので味が薄いとかもなかったし、毎週金曜日は揚げ物が出ていた。それでも、当たり前だが、自分の食べたいものが食べられるわけじゃない。そうなると、やはり外の世界で食べられるものが恋しくなるのだ。

 

 退院した日はちょうど、レポート提出期限日で、帰る途中に高校に寄って何とか完成させたレポートを出した。その後、お昼ごはんを食べるために学校近くのはま寿司に母と2人で入った。

 そこにある目的があったのだ。

 私の愛して止まないバンド、SEKAI NO OWARIのボーカル、Fukaseさんがラジオで語っていた「Fukase三大そば」の一つ。それがはま寿司の鴨そばだったのだ。元々私はそばが大好きというわけでもなかったけれど、彼が言うのなら食べてみたいと、食べたいものリストに入っていたのだ。普段滅多に外食をしないので、これがチャンスだと思った。

 私は席に置いてあったタブレットで意気揚々と鴨そばを頼んだ。

 平日の昼間の店内は空いていて、そう時間はかからずとも鴨そばが運ばれてきた。

 蓋を開けて、はぁーっと息が漏れた。やっと会えたね、鴨そば。そこからは、自由を知らせるいい匂いがした。

 一口食べると、今まで食べてきたそばとは違う味がした。それが思い込みであったとしても、「大好きな人の大好物」という魔法がかかっていたとしても構わなかった。

 ……美味しい。

 鴨を食べるのは、人生で初めてかもしれない。いや、小学生の時に京都に旅行した際に食べたっけな……。そんなことを思いながら鴨そばを完食した。

 また次にはま寿司に来ることがあれば、もう一度鴨そばを食べよう。そう誓って、店を後にした。

 

 帰り際、再び学校の前を通った時に、グラウンドに集まっているクラスメイトたちを見つけた。そうか、今日は最後の体育だ。どうやら校舎を背に写真撮影をしているらしかった。私は思わず足を止めた。

 2年生の終わりから、少しずつ、本当に少しずつ参加できるようになった体育。いつもグラウンド外のベンチで、一人見学しているだけだった。私とみんなの間には、いつでもあのフェンスがあった。

 自分以外のクラスメイトたちが楽しそうに集合写真を撮っているのを眺めているのは、実に悲しいものだった。最初の体育も、最後の体育も、ろくに参加できなかったな。

 ふと感傷に浸っていると、グラウンドから授業を終えたクラスメイトたちが出て来た。その中の一人が校門前で立ち尽くしている私に気付き、駆け寄って来てくれた。彼女に続いて、何だ何だと響ちゃんたちもこちらに来てくれる。

 彼女たちは隣にいる母に会釈して、「明けましておめでとう!」と声をかけてくれた。なぜだろう。私はどれだけ心が苦しい時でも、彼女たちに会うと自然と笑顔になっていた。それは無理しているわけではなく、私の中で彼女たちの存在がそれほど大きかったということだろう。

 何とか完成させたレポートを出しに来たんだと、退院直後で提出期限最終日になっちゃったと打ち明けると、「私も今日何枚も書かなきゃだよ。だから全然大丈夫!」と笑ってくれた子が何人もいた。入院している間は一人きりのような気分だったけれど、そうか、私だけじゃなかったんだ。

 

 最後の体育に参加できなくても、グラウンドで集合写真に写れなくても、こんなお友達がいるだけで、もう充分な気がした。

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