
脚が、ガクガクと震えていた。
それでも列は容赦なく進んでいく。マイク越しに生徒の名前を呼ぶ菊池先生の声が聞こえる。
舞台へと上がる階段の前に、1年生の時の担任の先生が立っていた。私は彼女に助けを求めようとしたけれど、「助けて」の声は出ることなく階段を上るしかなかった。
「月島こころ」
本来そこに存在しないといけないはずの、「はい」という声が出ない。
ちらっと左を見ると、私を見ている人の多さにめまいがしそうだった。無理だ。こんな人の前で、歩くなんてできない。
来賓役の先生が、指示役の先生が、すべての先生方が、焦り始めているのを感じる。
ここで私が動けばいい。頭ではわかっているのに、脚が棒になってしまったみたいに動かなかった。手の震えが全身に伝わり、まるで心臓まで不安に震えているようだった。
私が動けなければ動けないほど、視線がこちらに集まる。場面緘黙症に初めて出会った、小学3年生のあの日のようだった。
私は、限界を知らせるように、右手で顔を覆った。
舞台袖から、いつの間にか養護教諭の斎藤先生が来ていた。私は彼女に手を引かれて、途中退場した。
ようやく視線を感じなくなったと同時に、今度は涙がこみ上げてきた。
最悪な結果だ。
2日後に行われる、卒業式の予行練習だった。H学園には体育館がないので、入学式も卒業式も公共のホールを貸し切って開催される。
控室で斎藤先生に謝りながら、気を抜けば泣き出してしまいそうだった。
情けない。全校生徒の前で、恥をかいたのだ。
遠くからまだ、クラスメイトの名前を呼ぶ菊池先生の声が聞こえていた。
そこに、私はいない。
「客席の方、見ない方がいいよ。俺らの方見てて」
予行練習が終わり、私一人だけ、卒業証書を受け取る練習をした。今度は、客席にほとんど人がいなかったので、動くことができた。
この感覚を、忘れないようにしないと。「居残り」も終わり、疲れ果ててホール外の椅子に座り込んでいた私に、菊池先生はそう言った。
3年生の先生方は、壇上でパイプ椅子に座っている。ちょうど舞台に上がった時に、視界に入る位置だ。
「はい」
胸の奥には、先ほどの恐怖がまだこびりついていた。上手くできるかわからなかったけれど、とりあえず頷く。
最後、なのだ。泣いても笑っても、これが最後だ。
明後日の卒業式が、どうか上手くいきますように。
ただそれだけを祈りながら、家路についた。