こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

さようなら、H学園

 ついにお別れの時が来た。

 私が望まなくとも、春はやって来る。

 まさか私が、学校を好きになるなんて。離れたくないと思う学校に、出会うことができるなんて、夢にも思わなかった。

 こんな優しい世界があるなんて知らずに、生きるのを諦めないでよかった。

 

 卒業式の朝、控室でブレザーの胸に差す作り物の花が配られ、今日の主役が自分たちであることを急に実感する。

 予行練習で途中退場した卒業証書授与は、無事に終えることができた。予行練習の失敗を経て、私は家で何度も証書を受け取る練習をした。怖くない。怖くない。あそこにいるのは、私の門出を祝ってくれる人たちばかりだ。もし私が動けなかったら、カウンセラーの先生が付き添ってくれることになっていたけれど、どうしても、一人で受け取りたかった。それが私のこの3年間の集大成だと思ったのだ。

 3年前、全く同じこの場所で行われた、緊張だけが張り詰めた入学式を思い出す。あの時の私は、3年後、こうして卒業証書を手にした自分を想像することができただろうか。

 入学してから今日までの途中で、お別れすることになってしまった人たちもいる。2年生の途中で異動になった矢代先生や、3年生で退学してしまった夢愛ちゃんを思い出しながら、彼女らの元にも、こんな幸せが訪れればいいと思った。

 最後のホームルームでは、菊池先生から一人ずつ、写真立てをもらった。そこに、それぞれの思い出の写真が入っているという。私の写真はなぜか、2年生の文化祭で撮られた菊池先生との2ショットだった。写真の中の私はレンズを見ることもできていない「緘黙顔」で、懐かしさとおかしさで微笑ましくなる。写真立ての裏には、菊池先生からのメッセージが直筆で書かれていた。

『俺は、月島に出会えて本当によかった』

 最初の文を読んで、胸にこみ上げるものがあった。

 ああ。

 私も、みんなに出会えて本当によかった。

 

 これから私が歩く道の先に、彼らがいないことが寂しい。ささやかな青春を、全力の3年間を共にした彼らと、今日ここでお別れをしなければいけないことが、物凄く寂しい。

 でも、正解だという確証がないまま歩き続けた道の先で、ここに来られてよかった。私は、いつか失敗だと嘆いた自分の過去を、肯定できる未来ができた。報われない時間も、取り返しようのない後悔もたくさんあるけれど、すべてはここに来るための過去だったのだと思えば、受け入れられる気がした。そうした傷すらも抱えて生きていく優しさを、ここで受け取るとこができたのだ。

 中学校では社会の厳しさを知ったけれど、高校では社会の優しさを知った。

 思い返してみれば、長くて、早くて、夢のような日々だった。

 さようなら、H学園。

 すべての出会いに、ありがとう。

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