
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、RADWIMPSの「正解」。
18歳の私から、お便りが届いています。
高校に入学した日を覚えています。
あれは、不安に包まれた春の日でした。
春の朝日のように、ぬるりと始まった高校生活。そこには、私が想像もできなかったような困難と、幸福が散りばめられていました。
そして何より、多少の痛みを伴おうとも変わりたいと思える人たちに出逢えたのです。これまで出逢ったどんな友とも、この先出逢うどんな友とも違う君に。
『これまで出逢ったどんな友とも 違う君に見つけてもらった
自分をはじめて好きになれたの 分かるはずない
君に分かるはずもないでしょう
並んで歩けど どこかで追い続けていた 君の背中
明日からは もうそこにはない』
高校を卒業した日を覚えています。
あれは、寂しさに塗れた春の日でした。
少しの容赦もなくやって来る別れの時に抗えずに、でも何とか抗おうとして、卒業ソングから目を背けていました。
ああ。私は、ずっとここにいたいな。
卒業する前も、卒業した後も、私は何度も泣きました。春は何度も、私を泣かせます。それは時に不安であり、時に孤独であり、時に寂しさでありました。
『あなたとはじめて怒鳴り合った日 あとで聞いたよ 君は笑っていたと
想いの伝え方がわからない 僕の心 君は無理矢理こじ開けたの
ああ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ だけど明日からは
僕だけの正解をいざ 探しにゆくんだ また逢う日まで』
私はずっと、青春が送れないと思っていました。だって私には抗えない病気がいくつもあって、SNSで見るような、映画で見るような青春は、手を伸ばしても届かないものだと思っていました。
やり残したことはたくさんあります。でも、恋ができなくても、放課後学校に残れなくても、海に飛び込めなくても、青春は送ることができたのでしょうか。私には、私だけの、全力の青春があったのだと、そう思うことが今ならできる気がします。
それが、私にとっての「正解」なのかもしれません。