こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

場面緘黙症の一番の苦しみ

 場面緘黙症に出会って10年。

 私にとって一番苦しかったのは、「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えないことだった。

 小学生の頃、クラスメイトには、恵まれた方だと思っている。彼らの中には、私が話せないのをからかったり、いじめたりするような子は一人もいなかった。理解が進まないゆえに苦しむこともあったけれど、基本的にはみんな優しかった。

 中学生の頃は友人関係も崩れて、1年生の1学期までしか学校に通えなかった。特に入部したバスケットボール部は上下関係や友人トラブルが私を苦しめた。私は被害者ではなかったけれど、いじめめいたことは身近で起こっていた。

 高校生の頃は、あれ以上の場所が思いつかないほど優しい世界だった。自分でも何だか信じられないけれど、先生も生徒も含め、苦手な人なんて一人もいなかった。ずっとここにいたいと思うような、私の居場所だった。

 

 そんな時に私を苦しめたのは、やはり場面緘黙症だった。

 机から落とした消しゴムを拾ってくれたら、「ありがとう」と言いたい。間違えて足を踏んでしまったら、「ごめんなさい」と言いたい。

 でも、言えない。

 中学生の頃は、部活中の事故で先輩の足を引っかけてしまったことがあった。その際、咄嗟に「すみません!」という言葉が出てこず、後日同級生に怒られた。

「あれは失礼だよ。謝ったの?」

 彼女は足を引っかけられた本人ではないのに、あんなに怒っていたのは、ただ1年生が全員「そういう子」だと思われるのが嫌だったからじゃないかと思った。

 高校生の頃、周囲の人たちは、話せない私を無視することもなく、声を強要することもなく、温かく見守ってくれた。困っていたら、さりげなく助けてくれた。そのたびに、胸まで上がってきた言葉が喉に引っかかる。

「ありがとう」

 そう言いたかっただけなのに。

 場面緘黙症を少しずつ克服してきた私は、今まで溜めてきたものを放出するように、「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えるようになった。

 話せない期間が10年近くあったから、心にしまい込んだ言葉がたくさんある。後悔もたくさんある。でも、感謝と謝罪を伝えられる大切さを、今の私は知っている。だからこれからは人一倍、「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えていきたい。

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