こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #12 『ダーリン』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、Mrs. GREEN APPLEの「ダーリン」。

 18歳の私から、お便りが届いています。

 

 高校を卒業して、心にぽっかりと穴が開いたようでした。

 誰もいない。私に残ったのは、汚れてしまった思い出と抗えない病気だけ。

 どうしてだろう。私には愛する家族もいるし、優しい親戚もいるし、少ないけれど友達もいるし、大好きな恩師もいるのに、どうしてこんなに孤独なんだろう。

 この曲に出会ったのは、そんな春のことでした。

 孤独を謳うこの歌は切なく、脆く、そして美しいものに映りました。

『負けない何かが欲しい

 «私»だけの愛が欲しい

 そうすればきっと僕らは 比べないで居れる

 

 あれこれ理由が欲しい

 私だけ独りのような

 寂しい夜には 何に抱きつけばいい?

 

 羨ましい

 ただ虚しい

 嫌われたくもないけど 自分を好きでいたい

 

 Darling 僕の背中に乗って泳いでて

 やるせない日々の海はとても深いから

 「誰かの私でありたかった」

 勘違いしちゃうから ひとりにしないでよね』

 優しい曲なのに、聴くと少し苦しくなるのは、自分の弱さを見透かされるからかもしれません。

「誰かの私でありたかった」

 私は、自分のためだけに生きていけるほど、強い人間ではありません。恋人でも、親友でも、どんな形でもいいから、「あなた」のそばにいたい。揺るがない「あなた」さえ居てくれれば、私はきっと、生きていくことができるから。

『信じれる何かが欲しい

 解けない絆が欲しい

 そうすればきっと僕らは 呆れないで居られる』

 ねぇ。

『Darling 本当の音を聴いて

 やるせない日々の膿は出切らないけど

 ねぇ 私の私で居てもいいの?

 あの子にはなれないし なる必要もないから』

 私は自分でも呆れるほど弱いし、醜い側面もあるの。あの子みたいに、自慢できる何かも、「普通」に暮らせる健康も、持っていないけど。

 

 それでもあなたは、私を受け入れてくれるの?

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