
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「サザンカ」。
18歳の私から、お便りが届いています。
サザンカの花言葉には、「困難に打ち勝つ」という意味があるそうです。
授業後、隣に誰もいない帰り道から目を逸らすように、「サザンカ」を聴いていました。大学に行く途中ではなく、決まって帰りに聴いていた理由は単純です。しんどい朝にあんな優しさに触れたら、きっと泣いてしまうから。
『逃げることの方が怖いと君は夢を追い続けてきた
努力が報われず 不安になって 珍しく僕に当たったりして
ここで諦めたら 今までの自分が可哀想だと 君は泣いた』
私がどんなに苦しくても逃げ道を選択できなかったのは、今まで積み上げて来た努力が無駄になることが耐えられなかったからです。傷だらけになりながら、血反吐を吐きながら、必死に走り続けました。その先に、報われる未来が待っていることを信じて。
『誰よりも転んで 誰よりも泣いて
誰よりも君は 立ち上がってきた
僕は知ってるよ 誰よりも君が一番輝いてる瞬間を』
場面緘黙症、社交不安障害、うつ病、パニック障害。幼い頃から、色々な病気と闘ってきました。みんなは笑って、易々と走って行く道の中で、私一人だけ何度も転びました。彼らの後ろ姿を遠くに見据えながら、傷だらけの私は何とか立ち上がろうと努力してきたつもりです。でも、それを評価してくれる人は、なかなかいませんでした。だから、私のことを知らない画面の向こう側の人に「僕は知ってるよ」と言われただけで、涙が止まりませんでした。
私が一番輝いている瞬間はいつなのか、自分でもわかりません。ただ一つ言えるのは、場面緘黙症の私が一番輝いている瞬間は決して他人の目につくところではなかったということです。「見て欲しい」「注目して欲しい」と思う一方で、家を一歩出ると何もできない。何年も、それがもどかしくてたまりませんでした。
『夢を追う君へ 思い出して くじけそうなら
いつだって物語の主人公が立ち上がる限り 物語は続くんだ』
暑さにも寒さにも屈しない雑草のように、無限の生命力で何度だって立ち上がってやる。うつ病を発症する前は、この曲を聴くたびにそう誓っていました。でも、うつ病は、私の中に芽生えたそんな前向きな気持ちすらも奪っていく病気です。
未来の自分に聞いてみたかったです。これでいいのか、このままでいいのか。自分が壊れるのと、努力が報われるのは、どっちが先なのか。今が踏ん張り時なのか、はたまた逃げ時なのか。
答えはどこにも落ちていなくて、誰かが代わりに決めてくれるものでもありませんでした。ただ、耳に流れてくるこの曲だけが、「まだ終わりじゃない」と静かに背中を押してくれる気がしたのです。
だからもう少しだけ、立ち上がって物語を続けてみようと思えました。